
vol.357
東京百景
都会に生きる究極の自由人たち
都会を歩いていて出くわす率の多いモノ、それは猫だ。首輪をつけた飼い猫が散歩している場合もあるが、たいていはのら猫である。捨てられて生き延び、繁殖して家族を増やす。さぞかし親戚猫が多いのだろう。
住宅街や公園に限らず、猫はどこにでもいる。猫が集っているな、と思うと、側には餌を与える人間がいて、そんな猫たちは割と人間を怖がらない。相手がどう対応してくるかによって行動が変化するのは、猫も人間も同じってことだ。擬人化して見ると、寒い日や雨の日はかわいそうだなと思ってしまう。誰か飼える人が保護してやればいいのにと。しかし彼らには寒さ無敵の毛皮があり、雨をしのげる場所もあり、冬の都会にはエアコンの室外機という、暖を取るのに最適の場所もある。目黒の林試の森公園で猫に出くわしたとき、餌をあげていたオバサンが言っていた。「外にいるのがかわいそうだからって家に連れて帰る人もいるけど、鳴いてダメなんだって。やっぱり自由がいいのよね、人間も同じね」。なかなか含蓄のある言葉だ。もちろん都会では、餌を与える人がいる反面、それを阻止しようとする人もいる。食べ物を与えたい気持ちは分かるし、衛生面や近所迷惑や植え込みを荒らされるなどの被害にあったり、単純に猫が嫌いという人の気持ちも分からないではない。どちらが正しいかは誰にも決められないが、何ごとも個人の裁量にまかされている限りは善意が勝るのではないか。人間に向けられる瞳を見ていると、そんな甘っちょろいことを思ってしまう。人間に管理される飼い猫に比べて寿命は短いかもしれないが、都会の風景に写り込む猫たちは、もしかしたら究極の自由人。「最近の東京は住みやすいか?」と、聞いてみたいものだ。