
vol.376
「石内尋常高等小学校 花は散れども」
豊川悦司
ドラマ派の監督にも、エンターテインメント大作を手がける監督にも、同じように信頼され、オファーを受ける俳優・豊川悦司。結果、実にさまざまな監督との仕事を経てきた彼が、現役最高齢監督・新藤兼人と出会った!
新藤監督に一番学びたいのは …エネルギーです(笑)
大正の終わり、豊かな自然に囲まれた小さな小学校に、全力で生徒たちを愛する1人の教師がいた。その師の愛は、少年たちが成長してからも彼らの道を照らし続ける――。現役最高齢監督・新藤兼人監督が、自身の自伝的作品と語る懐かしく温かな作品。監督自らが、自身の投影として描く主人公・山崎良人役にと、豊川悦司へ熱烈オファー。かくして彼は現役最高齢監督との初仕事に挑戦することとなった。
「いや、そもそも僕は95歳の人とお会いしたこと自体が初めてだったので、一般的な95歳の方と比較しようがないんですが…95歳というだけでスゴイという気もしますし(笑)。少なくとも監督は“95歳の日本現役最高齢監督”と言われて怒るような人間じゃないということは確かです。でもオーラはありますね。現場に監督が入ってくるとキャストもスタッフもピシっとして、いい感じの緊張が走ります。僕は初参加なのでひときわ緊張していたかもしれません(笑)」
進藤監督の現場での仕事ぶりは、まさに“現役”。
「この台詞の時はこう動いてとか、そういう説明を聞いてからテスト、そして撮影となるんですが、大きな方向性は固まっていても、表情などの細かい演技は役者に任せてくれていました。脚本も監督が書かれているので、台詞がいきなり変わったりもするんです。ときには“この台詞はなくてもいいや”とか言われることも(笑)。監督を見ていて一番すごいと思ったことは、作家としての部分。自分が作ったものも切り捨てることができるかどうか、それで作り手の質は違ってくると思うんですよね。ものすごく時間をかけて練って練って仕上げただろう脚本を、現場で“ここはいらない”って瞬時に判断できる新藤監督は、本当にすごいと思いました。“ライターの新藤兼人”と“映画監督の新藤兼人”とがいるんでしょうね。僕は、そういうタイプの監督さんがとても好きなんですよ」
そんな監督の普段の顔は?
「何回か食事したりすることがあったんですけど、そういうときはまったく違う顔になるんです。本当に優しいお爺さん、という感じで。会話もユーモアを交えてとてもおもしろいし、みんなに気を使って慰めてくれるし。本当に撮影中のときの顔とは違うんですよ(笑)」
数々の監督と数々の現場を踏んできた豊川だが、とくに今回の撮影で感じたことがあるという。
「今回の現場で一番おもしろいなと思ったのは、どんなスタッフもキャストも一番経験があるのは新藤監督だと共通認識が完璧に出来上がっていたことなんです。監督より経験のあるスタッフや俳優がいることはよくありますが、この現場に関する限りそれはありえない。新藤組に監督より長く映画をやってる人はいませんからね(笑)。そこは明快なので現場がスムーズなんですよ」
確かに、監督は一番の年長者にして経験者。そんな彼が新藤監督に特に学びたいと思った部分は――。
「エネルギーでしょうか。僕はわりとすぐラクをしちゃうほうなので(笑)。現場で監督を見ていて、ずっと“なんだろう、監督のこの集中力、エネルギーは”と思っていたんですよ。僕はすぐ疲れちゃうし、飽きやすいし(笑)」
それはすなわち、自分の演技を客観的目線で見ることができるということ。彼の経験が生み出した技でもある。
「むしろ移り気というか、それほど集中しすぎないほうが俳優にはいいんじゃない、と思うんですよ(笑)。集中しすぎるのもよくないことがある。僕の感触として、どこか自分を俯瞰して見る自分がいるうえで集中していかないと、芝居は嘘っぽくなるんです。そう思うと、デビュー当時の自分は、力みすぎていたなあと思います(笑)」
経験は重ねても、同じものは作らない。
「オファーをもらったとき、なぜこの役を自分にくれたんだろう、と考えることから始まるんですよ。だからこれまでの経験と全然違うものであればあるほど、出たいと思う」
本作において“全然違う経験”をもたらしてくれたのは…。
「それはやはり新藤兼人という存在でしょうね。同じ映画界にいても、とても僕なんかと接点があるような存在ではないと思っていましたから、お話を頂いたときにはびっくりしましたよ。うれしかったですね」
監督は青年時代の自分を投影する良人役には“長身のハンサム”を希望していたとか…。そのあたりは。
「そんなこと、僕は監督に突っ込んだりできません(笑)」
豊川ほどの経験豊かな役者を本気にさせた監督。その出会いは劇中の市川先生と良人のように、彼のなかで決して失われない光となるのだろう。
(本紙・秋吉布由子)