【松江哲明×山下敦弘】日本映画界期待の監督2人と日本を代表する個性派俳優が放つ“カンヌへの挑戦状”!?

『映画 山田孝之3D』 監督:松江哲明 山下敦弘

 日本映画界に欠かせない存在にして、変幻自在の演技力で見る者を煙に巻く個性派俳優“山田孝之”の思考にダイブする3Dドキュメンタリー!? しかもカンヌ映画祭に正式応募!? 日本映画界期待の監督・松江哲明と山下敦弘が、山田とともに見つめた“カンヌ”とは?

写真左より山下敦弘、松江哲明。撮影・神谷渚

 俳優・山田孝之の赤羽ライフを追った『山田孝之の東京都北区赤羽』で、山田とともに見る者すべてを煙に巻いた松江&山下監督。彼らが新たにテーマとしたのは映画界の最高峰・カンヌ国際映画祭!

松江哲明(以下:松江)「山田君は『山田孝之の東京都北区赤羽』を撮影しているときからプロデューサーをやってみたいとずっと言っていて、そこに興味を持つというのは山田君らしいなと思っていたんですよね。まさか、カンヌでパルムドールをとりたいと言い出すとは思わなかったけど(笑)」

山下敦弘(以下:山下)「そこからすべてが始まりましたね(笑)」

 かくして山田主演のドラマ『勇者ヨシヒコと導かれし七人』の楽屋でパルムドールをとりたいと山下に持ちかけた山田は、自らがプロデューサーとなり、山下監督のもと主演に芦田愛菜を迎え、カンヌを目指した映画制作を開始。その様子は今年1月から放送された『山田孝之のカンヌ映画祭』で描かれ『山田孝之の東京都北区赤羽』同様、話題を呼んだ。

松江「ドキュメンタリーというのは、テーマが大きければ大きいほど面白くなるんです。カンヌは映画界最高峰の映画祭。まさに権威です。その権威に向かっていく姿を追うのは、ドキュメンタリーとしては面白くなりそうだと最初から思いました。普段から映画を見ないような人でも、すごいものと認識している“カンヌ”。そこに山田孝之がぶつかっていくさまは、成功するしないに関わらず、過程がまず面白くて描きやすい。『山田孝之の日本アカデミー賞』だと、頑張れば?くらいの反応だろうけど、カンヌとなると終始“(笑)”が付きつつ、これマジ?という、虚実入り乱れた感が、いいバランスを保っているなと」

山下「僕は、日本でこれだけ多くの監督がいる中で山田君が“山下さん、カンヌ行きましょう”って誘ってくれたことが、まずうれしかったんですよ。で、なんか行けそうな気がしたんですよ(笑)。この人本当に連れて行ってくれるかも、と思わせる雰囲気があるじゃないですか」

松江「あるね(笑)」

山下「三池崇史さんとか福田雄一さんとか、そうそうたる人気監督たちと仕事をしているなかで、声をかけてくれたのが俺なんだと思うと正直、うれしくて」

 ところがカンヌでパルムドール受賞を目指して立ち上がった映画『穢の森』の現場はカオスを極め、制作はとん挫。山田と山下は一度は袂を分かつも、故郷を訪ね自身を振り返った山田は再び山下の前に現れた。

山下「一度、映画制作が崩壊した後に山田君が自分を題材に映画を作ってみたいと言い出して。で“山田孝之”だけで映画を作ってみようということになったんです。僕と松江君、スタッフでいろいろ考えているうちに3Dにしようというアイデアも出て。実は僕にとってはこれが初の3Dだったので、最初はどんなことになるんだと思っていましたけど(笑)」

「カンヌに行って“カンヌがすべてじゃない”と思った」(松江)

 こうして完成したのが本作『映画 山田孝之3D』。山田は、山下のカメラの前で淡々と、かつ赤裸々に自身について語っていく。よくある人物ドキュメンタリーと変わらない構成だが、『山田孝之の東京都北区赤羽』『山田孝之のカンヌ映画祭』同様、さらっと語られる奇妙なエピソードにしばしば理性がちょっと待てよと警戒の声を上げる。しかしスクリーンの前では観客に逃げ場は無く、3Dのリアルな視覚体験に飲みこまれる。山田が語る“山田孝之”が虚構なのか真実なのか、もはや判別不能。『穢の森』完成を断念した山田たちはこの作品で“カンヌ”に挑んだのだった。

松江「今回、フランスでいろいろと若手映画監督たちと会って話を聞いたんですが、彼らの話を聞いていてなんとなく“カンヌばかりが映画祭じゃないだろ”というニュアンスを感じたんです。カンヌは、君たちが思っている以上に商業的な面もあるし、ややこしい縛りもあるんだよと」

山下「僕も、現地に行ってみてカンヌへの思いというのが少しぼやけた部分があるんですよね。カンヌ目指しつつも、面白い作品を作れば他の映画祭に引っかかるんじゃないかとか(笑)。カンヌだけじゃないな、と思ってしまったところがある。山田君は全然ブレてなかったけど(笑)」

松江「僕はそもそもカンヌで賞をとりたいという願望が無いんです。カンヌに行って改めて実感しました」

山下「松江君は前からそう言っているよね」

松江「パルムドールを目指すことだけがすべてではないですからね。カンヌでの上映を目指して映画を制作したり、その時期に合わせて公開したり、今やカンヌは一つのプロモーションでもあるんです。映画を作るときに“カンヌを目指すぞ”と言うのも、興行を成功させるための一つのやり方でもありますしね。ただ、賞をとるのが目的になってしまったら、それは映画に対して失礼だと思う。今回、僕はカンヌどうこうよりも、こんな企画がテレビから始まって、映画を作ってシネコンでも上映されるという、そのことに意義を感じるし、面白いと思っています」

山下「でももし“ヤマシタの映画をカンヌで上映したい”なんて言われたら…僕ならニヤけちゃうな(笑)。いくら意識してないと言いつつも万が一選ばれたりしたら…(笑)」

松江「まあ、そのときは豪勢にやろうよ(笑)」

山下「でもカンヌはやはり独特ですよね。カンヌで上映されたり賞をとったりすると、それがレッテルにもなったりする。作品にとって、監督にとって、それが本当に幸せなことなのかどうか」

松江「僕もそれは思う。カンヌを期待されて作品を作り続けるのは相当しんどいと思う。ヨーロッパ映画だとカンヌを経てないとなかなか上映されないという話も聞くけど、90年代、国内外の低予算映画をどんどん上映していた渋谷の映画カルチャーにどっぷりつかってきた僕からすると、カンヌカンヌ言ってるのも窮屈に思えて。ただその一方で、カンヌが守っているものも確かにあるとは思います。今年のカンヌ国際映画祭にネット配信映画が参加して少し物議をかもしましたけど、彼らには自分たちが映画のクラシックな部分を守っていくという意識があるんですよね」

“それぞれのカンヌ”を探す旅で出会った人々のなかでも強烈な印象を残したのがカンヌでグランプリを受賞した映画監督・河瀨直美。

松江「河瀨さんは作り手としてなのかカンヌで受賞した人の使命なのか、ある種の責任感みたいなものを背負っている感じがしました」

山下「カンヌなんて意識しなくてもいいんじゃない?と言いつつ、その河瀨さんのいる部屋がまるごと“カンヌ”ですからね(笑)」

松江「そうそう。部屋中、河瀨さんのカンヌ受賞作や出品作関連のポスターやなんかでいっぱいでね(笑)。河瀨さんの事務所から、カンヌが地続きで続いているんじゃないかという感覚すらしてくる(笑)」

山下「奈良でカンヌを感じたよね(笑)」

松江「“午前中は息子のPTA行ってきた”って、ごく普通のお母さんをしながら、カンヌ出品監督をやってるのが、またすごい。カンヌを意識していないといいつつ、ちゃんと秋にクランクインして5月の完成を目指しているし」

 彼らの映画がとん挫する一方で、カンヌの話を聞きにいった山田が河瀨に誘われて出演することになったショートフィルムはしっかり完成。

松江「あのとき河瀨さんは本当に台本を山田君に与えず、設定だけ伝えて感情を引き出した。そのあと山田君も『穢の森』をシナリオ無しで、長尾謙一郎さんのイラストだけで進めようとし、山下さんはシナリオはあったほうがいいとした。どっちも正解なんですよね。結局は失敗したけど、僕は山田君がやろうとした作り方を間違っているとは思わない。その過程をああやって表現できて、この映画も生まれたわけだし(笑)」

山下「『穢の森』も、もっとコミュニケーションが取れていれば、実際に撮影まで行けたと思うんです。でも結局、時間が無くて、僕らがこの日にクランクインですと決めてしまっていたから、なんか謎の人形が出てきてああいうことになっちゃったけど(笑)。きちんと煮詰める時間があれば、台本無しでイラストからイメージして映画を作るというのも面白い試みだと思う。本当に、あそこまでは良かったんだよね(笑)」

松江「人形を作った時点で本当におかしくなったよね(笑)」

山下「明後日にクランクインなのに長澤まさみが降りちゃった、どうすんだってところから一気に崩れていって(笑)。で、山田君がクライマックスから撮ろうとか言いだして」

松江「シナリオがない作品でいきなりクライマックス撮るって(笑)」

山下「あれは反面教師にしてほしいですけど、あの発想の自由さとか、お金や時間に縛られずに映画を作ることの意義といった部分も、考えるきっかけになったらうれしいなと思います。今の日本の映画の枠組みでは、予算と期間の概算が出た時点でこれくらいの映画しか作れないなというのが見えてしまう。でも本当は、そういうのに縛られないやり方もあるはずなんですよね」

松江「近年の日本映画界は特に興行収入とか公開規模とか、結果を見越してのルールが強い気がしますね」

山下「でも是枝裕和さんや河瀬さんは、そういうこともコントロールし始めていると思う。黒沢清さんは予算や時間に納めながら作ってしまう人だからまた別格だけど(笑)。是枝さんや河瀨さんのようにカンヌで評価される飛び抜けた作品を作ると、日本に帰ってから自分のやり方で作ることができるようにもなる、と」

松江「それは権威の意義の一つだね」

「でも、カンヌで評価されれば自由な映画作りができるかも」(山下)

 もし彼らの挑戦がカンヌで評価されていたら、日本の映画界に変革をもたらしたのかも…。

松江「それはどうかな(笑)。カンヌで評価されてしまったら『山田孝之3D“2”』を作らないといけなくなるかもしれないし(笑)。それは不幸ですよ。僕はドキュメンタリーを撮る上で信条として、作品を撮ったら1回ごとに完全にリセットしているんです。ドキュメンタリーは現実がテーマになるので、リセットするのはキツイんですけどね。素晴らしい作品を撮っても、次を作れなくなるドキュメンタリー監督もたくさん見てきました。それでも、作り手は毎回リセットしなきゃいけない。それが僕が20年ドキュメンタリーをやってきて学んだことです。でも今の日本で“カンヌ”が一度ついたら、そういうわけにいかなくなるでしょ」

山下「河瀨さんのようにカンヌと向き合うことができればいいのかもしれないけど、河瀨さんとカンヌの関係は独特だから。へその緒でつながっている感じ。あれを見ると自分は“カンヌ系”ではないのかなと思ってしまう(笑)。今回、河瀨さんを通してカンヌを知った部分が大きかったけど、三池さんを通して見るカンヌ、松本人志さんを通して見るカンヌもまた違うでしょうね」

 そして山田孝之にとってのカンヌとは何だったのか。そもそも俳優・山田孝之とは何者なのか…。

山下「山田孝之こそ、俳優として毎回リセットしている人だと思います。1つ役を本気でやったら完全にリセットして新たな山田孝之を更新していく。謎は尽きないでしょうね(笑)」

 そんな山田にメッセージを!

山下「また誘ってください!」

松江「また遊びましょう! でも山田君と遊ぶと、気づくと世間を巻き込むことになって大変だからな(笑)」

山下「でも他の監督と遊ばれると、それはそれで嫌だし(笑)」

(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)

©2017「映画 山田孝之」製作委員会
『映画 山田孝之3D』
監督:松江哲明、山下敦弘 出演:山田孝之 友情出演:芦田愛菜/77分/東宝映像事業部配給/6月16日(金)よりTOHOシネマズ 新宿他にて公開 https://www.toho.co.jp/movie/ods/yamada_3d.htmlhttps://www.toho.co.jp/movie/ods/yamada_3d.html 
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DVD BOX1万5200円 Blu-ray BOX1万9000円(各税別)発売元:「山田孝之のカンヌ映画祭」製作委員会 販売元:東宝