斎藤工 ザ・ブルーハーツの名曲が映画に
日本代表のロックバンドにして、日本音楽界のスーパー・レジェンド、THE BLUE HEARTS(ザ・ブルーハーツ)。1995年、惜しまれつつ解散した彼らだが、その楽曲は世代を超え、現在までも多くのファンに愛され、今なお新たなファンを増やしつづけている。そんな彼らの楽曲をテーマにした6つの短編からなる映画『ブルーハーツが聴こえる』が公開。その中のひとつ『ラブレター』に主演した斎藤工に聞く。
ザ・ブルーハーツに衝撃を受けた6人の気鋭の監督が、バンド結成30周年を記念し、それぞれが思い入れのある楽曲をチョイスし、自由な解釈で映像化。『ハンマー(48億のブルース)』『人にやさしく」『ラブレター』『少年の詩』『情熱の薔薇』『1001のバイオリン』という有名な楽曲をそれぞれ、コメディー、SF、ラブファンタジー、ヒューマンドラマなど、さまざまなアプローチで作品に仕上げた。斎藤は井口昇監督の『ラブレター』に出演。
「原作は、井口監督が以前に発表された『わびしゃび』という作品です。監督の実体験を描いた作品で、その作品もドキュメンタリーだったのですが、僕はもともとその作品の大ファンだったんです。監督が高校卒業後、ひとつ年下の女の子が好きで、その子と唯一コミュニケーションをとれるのが、カメラ越しだったという。それがそのまま作品になっていて、僕が最も好きな恋愛映画です。それをいろいろなところで話していたんですけど、ある日監督から連絡を頂き、今回の企画の話をされて、“自分の学生時代を演じるのは斎藤さんしかいないと思う”とオファーをしていただきました。『わびしゃび』を元にした映画だったということ、映画を見るという選択をしてきた人間特有の何かがあるといつも言って下さっていたことから、喜んでお話をお受けしました」
斎藤が演じるプロの脚本家・大輔は、自分の高校時代を題材にシナリオを書いているうちに、タイムスリップ。そこには、映画少年だった大輔が。太っていてイケてないことがコンプレックスだった大輔は、憧れの美少女・彩乃ともカメラ越しにしか会話できず…。というストーリーだが、斎藤自身も中学、高校時代はコンプレックスがあったとか。
「勉強ができなかったんです。これは小学校のせいにはしたくないんですけど、当時できたばかりの、シュタイナー学校に通っていまして、そこは公立の小学校とカリキュラムから何から、まったく違うんです。感性教育なので、普通の小学校とは環境があまりにも違いすぎて…。そこから公立の中学校に編入したんですけど、全然ついていけず。勉強だけではなく、人と違う事をしちゃいけないんだと違いを恐れるようになりましたし、自分の中で基準を変えていかないと通用しないなという事を中学生ながら感じました。そんな事もあり、当時は映画にすごく救われていました。映画の中の主人公って、大体僕より大変な状況にあるので、そういう人の人生を疑似体験する事で、多分緩和していたんじゃないかと思います」
大輔は好きな女の子と直接話せない男の子だったが…。
「僕、高校は男子校だったので、高校時代の恋愛エピソードがほとんどなくて。中学に遡るんですけど、恋愛に限らず、その頃の情景ってものすごくクリアなんです。恋愛感情って、当時は自分の中で一番肥大していくじゃないですか。でも大人になればなるほど、一度経験しているので、傾向と対策が予測できてしまう。なんか、処世術みたいなものが長けて、ひとつひとつの恋愛のインパクトが薄くなってしまう。しかしあの頃は、自分の感覚が一番研ぎ澄まされている。僕の恋愛の最大の形は、一緒に下校するというのが、最大のピークだったんですけど(笑)、なんかもう一歩踏み出せない感じとかを含め、いろいろな事が鮮明に残っています。校舎の感じとか、下駄箱の雰囲気とか…。毎日通っていたはずなのに、一緒に下校したその1日だけがすごく印象的だったりするんです。だから写真ではない思い出のアルバムには、多分その当時にしかない感情がクリアな状態で残っていて、それってすごいなって思います」
監督に提案したことがあるという。
「主人公がカメラ越しにしか好きな女の子と話せないという設定だったので、大輔が持っているカメラに映る彼女の目線が本当の目線だと思ったんです。という事は、8ミリでその彼女を映すシーンは、僕が実際に回したほうがいいんじゃないかと。で、それを監督に提案し、実際映画でも僕が回したものが使われています。あそこを撮らせてもらえたことは僕としては大きかったし、すごくうれしかったです」
ところでブルーハーツ世代?
「シュタイナー教育ではメディアをほぼシャットアウトしていたので、テレビも高校生ぐらいまであまり見たことがなかったので、流行の音楽にはうとかった。ただ、中学生のときに森田まさのりさんの『ろくでなしブルース』という漫画にはまり、そのモデルがブルーハーツのメンバーだったんです。だから音楽より先に、好きな漫画のキャラクターとして知り、のちに実際にいるというのを知るという不思議な道筋で出会っています。ただ、その後から現在までいろいろ音楽を聞く中で、清志郎さんもそうですが、ブルーハーツって、代わりがきかないんです。思春期に聞いた音楽って、すごくインパクトをもたらすと思うんですけど、それが今のアーティストにあるかといったら僕にはなくて。素晴らしいアーティストはいっぱいいらっしゃいますが、ブルーハーツの濃度を超えるようなアーティストはいないんじゃないかな。だからブルーハーツ世代じゃない10代の人たちに、映画を通して1曲1曲その楽曲を届けられたら。この映画に関わった以上、その責務が僕らにはあると思います」
なかなか公開日が決まらず不安を感じた事もあったというが、何がなんでも公開したかったのは、映画好きな斎藤が、監督の映画愛を感じた作品でもあるから。
「便器の中でクリスマスの夜を過ごしたのが、いい思い出です(笑)。クリスマスの夜にトイレでタイムスリップするところをちょうど撮っていたので。なんかそういう設定も情景もすごく愛おしいんです。良くも悪くも監督の愛情が詰まっている。要は、職業監督ではなくて、自分が一番自分の映画のファンで、自分が見たいものを作っていらっしゃる。それって、プレイヤーからすると信頼につながるんです。ニーズに合わせて画を作り込んでいくのではなく、監督の愛情みたいなものが、ひとつひとつのシーンにちゃんと、隔てなく感じられる現場だったので、撮影中はすごく幸せでした」
(TOKYO HEADLINE・水野陽子)
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