舞台『ハンドダウンキッチン』は苦みのある絶品料理
舞台『ハンドダウンキッチン』が渋谷・パルコ劇場で上演中だ。とある有名レストランの1日を追うなかで、世界を作り"成立"させているシステムへの警鐘を派手に鳴らす作品だ。
斬新でおいしいと話題になる料理が次々に登場するが、舞台そのものの"うまさ"は単純ではない。さまざまな味が絡み合い、その結果、苦みのある絶品料理になっている。
物語の軸は、仲村トオルが演じるレストランのオーナーシェフだ。彼の経営するレストラン「山猫」は斬新かつ独創的な料理を出すことで評判で、遠方からわざわざ客がやってくるほど話題の店だ。そんな「山猫」は、たくさんの若手シェフたちをも魅了。この世に2つとない料理に惹かれてその技を学ぼうと次々にやってくるのだが長続きしない。東京の有名店で経験を積んだ関谷(柄本佑)も、憧れの「山猫」で働くことになったのだが、 斬新すぎる方法でのメニューの決め方、オーナーシェフ・七島(仲村)の料理と、サービスについての考え方など、想像とはかけ離れた「山猫」のやり方に振り回されていく。
作・演出の蓬莱竜太は、世間を騒がせたニュースのキーワード、「新しさ」や「オンリーワン」であることをことさらに追及するメディアまでもまな板の上にのせて、料理する。うまいが苦みがある一品で、江守徹演じる七島の父親がその苦みをうまみに感じさせる最高の調味料になっている。
仲村は、破天荒だが、どこか影のあるカリスマシェフを熱演。柄本演じるシェフには、自己プロデュースや自分ブランドづくりを強要されている現代の若者の姿がダブる。仲村と柄本のやりとり、彼らを取り巻く登場人物の言動にぐいぐいと引き込まれ、進むほどにフィクションの世界と現実との境界がどんどん分からなくなる経験をするはずだ。
クライマックスを迎えるころには、舞台に集中しながらも、「正しいこととは、信じられるものとは何なのか。また先人から受け継ぎ、未来の人たちに受け渡さなければならないものとは?」といった、解けそうで解けない問いがぐるぐると脳内を巡り始め、幕が降りても止まらない。観劇した人と熱い意見交換をしたくなる舞台だ。
パルコ劇場で6月3日まで。福岡、大阪、名古屋公演もある。
写真:加藤幸彦