長島昭久のリアリズム
これまで8回にわたって我が国の安全保障戦略について詳述してきた。安全保障は、常に最悪のシナリオを想定し、それに対し万全の備えを確立することにより、かかる事態が勃発してしまった場合には迅速に対処し事態の拡大を最小限に食い止めることが中心課題となる。これに対し、外交戦略は、そもそもそのような最悪の事態が生起しないよう、国益を守りつつ複雑に絡み合う国際関係をマネージしていくことが最大の眼目となる。そこで本稿の最後に、台頭する中国を見据えて、我々が取り組むべき外交戦略の要諦について明らかにしたい。それは、これまで述べてきたような安全保障上のリスクヘッジの大前提として、いかにして地域における「対中エンゲージメント」のための枠組みづくりを行っていくかということに他ならない。
東アジア・西太平洋における国際的な枠組みは、すでにAPECがあり、東アジア・サミットがあり、ASEAN地域フォーラムがあり、日中韓シャトル首脳会議があり、今や台湾と中国との間にもECFAが締結されるなど、重層的な対話の枠組みが幾重にも形成されてきた。しかし、今日、決定的に欠落しているのは、中国国内の多様なアクターをエンゲージし得るような枠組みだ。最近台頭する対外強硬派は基本的に力の信奉者であるから、彼らに対してはリスクヘッジのための私たちの安全保障努力を正確に認識させることが最善の抑止力となるであろう。むしろ、我々が照準を合わせるべきは、現実的な国際協調派や民主的な改革をめざすグループ、あるいはNet
izen (Network Citizen) と呼ばれるグローバル志向の強い人々ではないか。そのためには、共有し得る「価値」と共通の「利害」を中心とした現実的な国際協力の枠組みを構築していく必要がある。
すなわち、「価値」をめぐっては、日本や米国が先頭に立って、自由と民主主義と法の支配といった開かれた国際協調主義に基づくアジア太平洋地域の秩序づくりに全力を挙げるべきである。また、「利害」については、東アジア・西太平洋諸国による地域全体の不安定化を予防、抑止する共同体の構築が急務であり、海賊やテロ、自然災害やパンデミックなど国境を超えた共通の課題を中心にしたlike-mindedな国々(韓国、豪州、台湾、ヴェトナム、インドなど)に中国を加えた公式・非公式の安全保障協議を重層的に組み上げて行くことが肝要である。我が国は、今こそ、その国際努力の先頭に立つべきだ。高いレベルの貿易・投資のルールづくりとともに、アジア太平洋地域特有の海洋を中心とした安全保障体制を構築するため、我が国の持てる英知と資産をすべて投入するくらいの国民的覚悟が求められよう。【完結】
内閣総理大臣補佐官(外交・安全保障担当)
衆議院議員 長島昭久