SPECIAL INTERVIEW 吉田大八(演劇初脚本・初演出)×本谷有希子(原作)
現在、新宿の紀伊國屋ホールで「劇団、本谷有希子」の『ぬるい毒』が上演中。なぜ劇団名のところに斜線が入っているかというと、「特別公演だから」とのこと。本作は本谷有希子は原作として参加し、映画『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督が初めて舞台の脚本・演出を手がけるという注目作だ。
実はつい最近、本谷は「本谷有希子自由化宣言」を発表した。今後、演劇に対してはより自由なスタンスで関わっていくという。
本谷「10年劇団をやっていて、自分と演劇の関係性をもう少し考えないといけないなって思ったんです。今その時間をもらっている状態。今まではそんなことを考えなくてもやれたんですけど、30歳を少し過ぎて、そのままやっていくというのもちょっとなんか違うなって。劇団がどういうふうになるか、そのためにはどういうふうにやっていけばいいのか、そういったことを定めてからまた走りたいと思った、という感じかな」
そんなこんなで今回は「特別公演」と銘打ち、吉田監督脚本・演出による『ぬるい毒』が実現。吉田大八といえば『桐島——』で昨年の映画賞を総なめにした映画監督。受賞後、最初の大きな仕事がこの作品となる。
吉田「映画だ、演劇だっていうジャンルにはこだわってなくて、何をやったら1番自分が面白がれるかっていう基準で考えているんです。もちろん演劇はやったことがないので、最初にお話をいただいたときは驚きましたけど、初演出というだけで、挑戦してるっぽいじゃないですか。例えば自分が見る立場のときは、予想通りの答えでは面白くないと思うほうなので、どんな表現にも何かしら“無理”を感じたいんです。何より自分自身が、人に“これ面白いでしょ”って提示する根拠もなくなっちゃう。そういう意味で、今回は自分でも面白いし、面白がってくれる人もいるんじゃないかと期待しています。それに今回はプロデューサーの方に下北沢でばったり会って“9月に紀伊國屋ホールで2週間好きなことしていいよ”みたいな感じのオファーだったんですよ。そこまで言われてやらなかったら、“じゃあ何だったらやるのお前?”って感じですよね」
そして選んだ作品が『ぬるい毒』。
吉田「本谷さんの小説の中でも、一番好きな小説だったので、とりあえず“ぬるい毒”って言ってみたら、“あれは難しいよ”って返されたんです。僕も読み返してみたら、確かに“あ、そうだな”って思いました。本谷さんの場合は、劇作と小説の両方ある人だから、小説には小説にした理由があるわけじゃないですか。絶対演劇からは線を引いてるはずなんですよ。そのなかでも『ぬるい毒』は一番距離があるというか、一番標高が高い山というか。でもそんなに何回も山は登れないので、“遭難してもいいから一番高い山を登ろう”みたいな感じだったかもしれないですね。あと “難しい作品をあえて選んだ自分”っていう感じで格好付けたかったのもあります。でも1人で脚本を書いている時に何度も壁にぶち当たって、後悔したり青ざめたりの連続でした。でも途中から開き直って、“別に脚本を発表するわけじゃない。舞台にするときには経験豊富なプロにたくさん集まってもらって、相談してやっていけば、なんとかやり方が見えてくるだろうから映像の脚本として書こう”って開き直りました。舞台にしやすい感じで小説をまとめるのではなく、自分が小説のなかでもう1回とらえなおしたい部分を抽出・圧縮してからやり方を後で考えようと」
映画の現場と演劇の稽古場は全然違う?
吉田「始める前は1カ月あったら相当なことができるんだろうなと思ってたんです。映像では1カ月間リハーサルするっていうことはほぼありえないですから、“そんなに長い間自分が稽古をし続けられる根気があるのかな”とか、“やることなくなっちゃうんじゃないのかな”っていうぼんやりとしたイメージがあったんですけど。いざ始めてみると、時間通りには稽古は終わらなかったですね(笑)。よく考えたら当たり前なんだけど、全体が分かってくると、今度はディテールに目が行くから、どんどんどんどん時間がかかってくる」
本谷も稽古場には顔を出した?
本谷「自分とまったく違うやり方の、違う空気でできている稽古場なので、あまり見に行くことが良いように思えなくて。顔を出したのは、本当に数えるほどですね。それに、見たらなんか、いろいろ言っちゃいそうなので(笑)。でもたまにポンと行くから現場のみんなとは違う位置から見ることになる。ある意味プロデューサー的な立場でした。初めて見るお客さんの目線で見られるので、伝わりにくそうなところとかが分かるような気もするし…そんなときは大八さんに“言っていいですか”と一言エクスキューズしてから伝えたこともありました。でもそんなふうに言われたら、大八さんも“言ってください”って言うしかないですよね(笑)」
吉田「本谷さんは原作者でもあり、演劇の演出の先輩じゃないですか。絶対僕が気付いてないことに気付いてるはずで。でもそこで自信をなくすと結局自分がそこに演出家として立っている根拠みたいなものが見えなくなりそうだし、イチかバチか“自分はこう読んだんだから”ってことでやるしかない。演出家が演出家として立ってないと、スタッフとか俳優が困るじゃないですか。そういう意味では怖いといえば怖いですけど、今回の作品においては優秀なエグゼクティブ・プロデューサーとして、厳選したアドバイスをもらえてものすごく助かってる。始まる前は、本谷さんが“ええい、どけ! ここはわたしがやる!”みたいなことになったらどうしようって、半ば本気で思ってました。でも実際は、本谷さんが“これだけは伝えたい”ってことを言ってくれたことが舞台にポジティブに作用しています。本谷さんが見て、どう思ったかは分からないんですが」
本谷は長らく他人が演出している姿を見ることはなかった。気づかされる部分もあった?
本谷「ありましたね。大八さんは何にも言わないで、“はい! もう1回!”って何度も役者に指示したりするし」
吉田「言うことが思いつかなかったんですね」
本谷「“あんなふうに突き放していいんだ! なるほど!”って勉強になりました(笑)。私は無理やりでもひねり出して何か言わなきゃ役者さんに悪いと思って、いろいろ気を使ったりするんです。でも大八さんは言わずにやって、それで役者さんもついてきているから、“なるほど、私もあそこまで強く出てもいいんだ”とか、“ちょっと私優しかったんだな”って思いました」
吉田「オレが優しくないみたいな(笑)」
本谷「そうね。どっちのやり方が優しいかは分かんないけど、そもそも大八さんが演出をやってくれるって聞いたときに、私が知らないものが見たいって思いがあったんです。やっぱり作り方とかクセがあるし。最初は分からなかったんですけど、映像なんかが組み合わされたときに、“大八色”になってきて、なるほどこういう感じになるんだって、実は感動しました。セリフを聞いているだけでは分からなかった世界観みたいなものが、稽古場にたまに行くと、驚くほど前と違っていたりするので」
劇団員に役者を持たない「劇団、本谷有希子」は、公演のたびにあっと言わせるキャスティングでも話題を集めた。今回、夏菜と池松壮亮をキャスティングした狙いは?
吉田「夏菜さんは去年朝ドラ出演していたんですが、苦労して最後まで走りきった姿がすごく印象的でした。この話のヒロインを考えているときに、夏菜さんの顔がフッと浮かんで、本谷さんの作品のヒロインっぽい人なんじゃないかと勝手に思ったんです。池松君の場合は、映画『横道世之介』の彼がすごく好きで、それからずっと早く仕事がしたいと思ってたんですよ。なかなかタイミング合わなかったんですが、この舞台をやることになったときに、ムカイと池松君を会わせてみようと思ったんです」
本谷「最初に “小説のムカイ像とちょっと違うかもしれないんだけど、池松くんでムカイを作ってみたいんだ”って言われました」
吉田「稽古をする中で、僕のなかでは“ムカイを演じられるのは池松君以外にいない”くらいの存在になりました。完全にムカイです」
本谷「私も池松君がどんどん変わっていく姿を見てビックリしました。“こんなに変わるものなんだ”って」
原作者と脚本・演出家としてとてもいい関係が築けている。
本谷「舞台に関しては私のほうが経験があるので、大八さんが見えてないところまで見える部分があると思うんです。そこを踏まえて“それじゃたぶん伝わらないな”っていうことを言うときもあるんですが、基本的には大八さんが“いや、でもこうしたいんだ”ということだったら、全然そっちでいいなとは思います」
吉田「やさしい母目線ですよ。いや、お姉さんですか(笑)」
本谷「でも、差し出がましいようだけど一応口を出すのは、もし監督があとになって“伝わらないと思ってたんだよね、実は”って私から言われるのは、すごく悔しいんじゃないかと思って。“知ってたんなら言ってよ、じゃあ!”ってなりますよね」
吉田「そういう感じになったら、僕は本谷さんと二度と会わないです(笑)」
本谷「ええ! もう会ってくれないの?」
吉田「いや、違う違う。それは忠告してくれなかったことにじゃなくて。育てるって意味でいうと、個性を尊重することと常識を教えるってことは結構相反することがあるから。本谷さんもそこは我慢して見守ってくれてるわけだし、逆に僕からしたら、本谷さんのこれだけの優しさと我慢に対してちゃんと結果を出せなかったら、もう本当合わせる顔がないですよ。それくらいのつもりでやるしかないなってことですよね」
本谷「お客さんも私の原作を大八さんが舞台化するっていうことを楽しみに見に来ている人たちだから、全然違うって怒る人もいないです、きっと。でも、この作品に関わったことで絶対お互いなにか影響があると思うんです。大八さんのファンの皆さん、今後、もし大八さんの映画が変なものというか、全然違う作風になったらゴメンなさい(笑)」
吉田「でもこの1カ月で自分の中に入ってきたものは相当あって、それを消化しているうちに前に身につけていたものを相当捨てちゃっている可能性があります。もう今必死ですから。溺れまいとして、持っているものをどんどん捨てて、なんとか浮かぼうとしている状態。気がつくと、あっあれも捨てちゃったって感じ。でも溺れそうな人が作った芝居って見に来たいと思いますかね?」
本谷「溺れた人の芝居…見たいような見たくないような…あ、じゃ血を流しながら作った演劇っていうのは?」
吉田「ああ、血を流すっていいですね。溺れそうってよくない」
本谷「今は血を流しているところだけど、ホントに心が串刺しになるのは本番中ですから」
吉田「うわ〜(笑)」
本谷「昨日はできていたものが今日はできていないとか、目の前でお客が堂々と寝ていたりとか、ホントに心が串刺しになりますよ」
吉田「見なくてもいいんでしょ」
本谷「いい…。あっ見ないんだ!?(笑)でも、それも一つの手ですね。見ると直しちゃうんですけど、結局直して良くなるものと悪くなるものが同じくらいあるので、いっそ見ないというのもありかもしれない」
本谷は7月に小説『自分を好きになる方法』を発表。
本谷「今は小説を…頑張って宣伝したりしています(笑)。そろそろ新しい小説を書き始めないといけないなと思っています。最近は、みんなが演劇をしているのに私は何もしていない…って軽い自己嫌悪になりそうだし(笑)。書いていない時間は、少しずつコップに水が溜まっていくような感覚なんですが、最近ようやく水がコップいっぱいに溜まったかなっていう感じにまでなっています。編集者の方と一緒に書店回りをしていて、そこで経験することが結構創作の刺激になったりするんです。机の上で次に何を書こうって考えるよりも。書店って本の配置なんかに何が売れていて何が売れていないかということが結構如実に出てて、残酷なところもあるんです。“ああ、ここにこういうふうに置かれるんだな”とか思うと、机の前で使う脳とは違うところが刺激されて、今度こういう話を書こうかなって浮かんだり。だから現場って大事だなってすごく思いましたね」
現在、紀伊國屋ホールで絶賛上演中。果たして吉田監督は会場で毎日どんな気持ちで本番を見つめているのか…。気になる人は18日に行われるアフタートークへ!
(本紙・本吉英人)
【日時】9月13日(金)〜26日(木)【会場】紀伊國屋ホール(新宿)【料金】全席指定 前売6500円/ヤングチケット(25歳以下)3500円【問い合わせ】ヴィレッヂ(TEL:03-5361-3027 [HP]http://www.motoyayukiko.com/)【原作】本谷有希子【脚本・演出】吉田大八【出演】夏菜、池松壮亮/板橋駿谷、札内幸太、新倉健太、高橋周平、石井舞、一之瀬麻衣、井端珠里、川村紗也