SPECIAL INTERVIEW 監督・山下敦弘『もらとりあむタマ子』
逆ギレ、自堕落、ぐうたら、口だけ番長…そんな究極のダメダメヒロインを前田敦子が演じる話題作『もらとりあむタマ子』が現在公開中。メガホンをとった山下敦弘が語る“もらとりあむ”の魅力とは!?
父がスポーツ用品店を営む実家に戻ってきたタマ子。就職先を探すでもなく、店どころか家事の手伝いもせず、だらけた毎日を過ごし続ける…。タイトルにある“モラトリアム”とは大人になる前の猶予期間にある状態をさす。大人になりきれない自堕落ヒロイン・タマ子の日常を描いたこの作品の面白いところは“ダメな自分からの脱却”とか“大人への成長”といった物語的な帰結をあまり意識していない、という点だ。
「むしろ、成長を描くことはしたくなかったんです(笑)。映画としてそれっぽいエンディングは用意しましたけど、本当はゴールを見つけるというのもしたくなかった。単純に、タマ子というキャラクターを作って秋、冬、春、夏と、観察してみたかったんです。名前も含めて現実にはなかなか、いそうでいないでしょう、こういう子(笑)」
そんな“ダメダメ女子”のタマ子を演じるのが山下監督の『苦役列車』でもヒロインを演じた前田敦子。AKB48時代から現在まで脚光を浴び続ける彼女のどこにタマ子をイメージしたのか…。
「僕の中では、前田さんとタマ子ってけっこう通じるものがあると思っているんです。前田さんって自然と周りの目を引きつけるというか、観察してみたくなってしまうんですよね。この映画は、まさにタマ子の生態をみんなで観察するようなものなので、つい見守ってしまう、観察したくなる、そんな存在感が必要だったんです。もちろん、前田さんとタマ子のダメっぷりは全然違いますけど(笑)」
これがあの前田敦子か、と目を疑う姿に、その才能を意識せずにはいられない。
「今回、僕からは特別なことは何も言ってないんですよね。もっと感情を出してとか少し抑えてとか、それくらい。本人がタマ子というキャラクターを飲み込んでいたので、とくに撮影後半になると僕はもう細かいことは何も言わなかったですね。もともと彼女にはAKB48時代に培った力があると思うんですよ。『苦役—』のときも思ったけど、とにかく集中力がすごい。切り替えが早いところや、なんでもフラットに受け止めるところなんかもそうだと思います。まだ22歳でしょ? これからもっと成長していくだろうから、そのつど面白い芝居を見せてくれるんじゃないかと。また一緒にできるんなら、ゲスト的に出てもらうとかではなく、主演でお願いしたい女優さんですね」
そんな前田が演じたタマ子しかり、『苦役—』で森山未來が演じた貫多しかり、山下作品に登場する“ダメ主人公”がとにかく秀逸。現実では敬遠されがちなキャラクターが、なぜか見守らずにいられなくなるのも山下演出の魅力だ。
「僕自身、ああいう人が好きなんでしょうね…(笑)。『苦役—』の西村賢太さん(原作者。主人公のモデルでもある。映画公開時、映画に批判的なコメントをし話題を呼んだ)とも、いろいろありましたけど、けっきょく僕は西村さんのことが好きなんですよね(笑)。タマ子も、口ばかりでやっていることは本当にダメで、でも妙な自信だけはあって…という人物ですけど、ダメな人間というより“不器用”なんですよ。父親の目線だと、そんな不器用さもかわいく見えたりする。まあ、周りの人間は翻弄されて大変なんですけど(笑)」
僕自身、学生時代はそんなタイプでした、と監督。
「高校時代に映画を撮り始めたのだって、たまたまカメラがあって。“映画を撮る”といえば人が集まると思ったからでしたし(笑)。大学時代は、自分も周りの奴みたいに何かしなきゃという焦りから、撮っていたところもあるんですよね。映画を撮っている自分は偉いんだと思い込んで、他の奴らは同棲なんかしやがってと恋愛を謳歌している人たちをねたみながら(笑)」
そういえば、この物語ではタマ子の日常に恋愛が絡まない。
「タマ子が恋愛していると“リア充”になってしまう恐れがありますからね。それに恋愛要素を入れると“女”になってしまう。タマ子は大人であり子供であり何者でもない、というのを崩したくなかったんです。大学に通っていたときは付き合っていた人もいただろう、という設定ですけどね。実は僕、女性のキャラクターは毎回、どれだけ恋愛経験があるかという設定を考えるんですよ。なぜかそこを決めるとキャラクターがつかめるんですよね。男性キャラはとくに考えないんですけど(笑)」
思わず“あるある”と言いたくなる、キャラ設定のリアルさも納得。ダメな子だなとあきれながらも、どこかうらやましさをぬぐいきれないタマ子の日々。再び秋がやってきたとき、果たして…?
「映画として、それなりのエンディングを描いてはいますけど、もしかしたらタマ子はずっとあのままかも(笑)。見たことのない前田敦子の姿をぜひ見に来てください!」
いつの間にかタマ子を見守り応援している自分がいる。 (本紙・秋吉布由子)
監督:山下敦弘 出演:前田敦子、康すおん他/1時間18分/ビターズ・エンド 配給/新宿武蔵野館他にて公開中
http://www.bitters.co.jp/tamako/http://www.bitters.co.jp/tamako/
©2013『もらとりあむタマ子』製作委員会