SPECIAL INTERVIEW 唐沢寿明『イン・ザ・ヒーロー』主演
観客に顔を見せることなく、ヒーローのスーツを着てアクションを行うスーツアクター。その道25年のベテランについに訪れた大チャンス、それはハリウッド映画の超危険なアクションだった! 主人公のスーツアクター・本城渉役を演じられるのは唐沢寿明以外にいない。製作陣にそう言わしめた理由とは!?
主演最新作『イン・ザ・ヒーロー』は“映画を愛するすべての人に贈る奇跡の物語”。唐沢自身も少年時代から映画好きだったという。
「銀座によく映画を見に行っていたんです。最初に自分で見に行ったのは『日本沈没』(1973年)だったかな。『仮面ライダー』の藤岡弘さんが出るというので見に行ったんだけど思っていたのとまったく違う映画だったのでびっくりしてね(笑)。『ジョーズ』とか『エクソシスト』といったハリウッド大作にも圧倒されましたよね。正月は正月で、父親と『男はつらいよ』を立ち見して、みんなで一緒に泣いたり笑ったり。あと、よく見に行ったのがブルース・リー。当時は入れ替え制じゃなかったから日曜には1日映画館にいて、同じ作品を何度も見ていましたよ(笑)」
ブルース・リーにあこがれた少年はいつしか同じ場所をめざし、アクションの世界へ飛び込んだ。トレンディードラマで活躍する超人気俳優から社会派ドラマで存在感を放つ演技派俳優へと経験を積み重ねてきたイメージだが、実はブレイク前の唐沢が目指していたのはアクションスター。東映アクションクラブに所属し『仮面ライダーシリーズ』でスーツアクターも務めた、本格アクションの経験者なのだ。40代になってなお現役スーツアクターとして夢を見続ける主人公・本城渉は、まさに唐沢の原点と重なる役どころだ。
「プロデューサーの李鳳宇さんがこの企画の話を持ってきたとき思わず、僕の経歴を知っていてこの話を持ってきてくれたんでしょ?と聞きましたよ。彼は全然知らなかったと言っていましたけど(笑)。実際にスーツアクターって本当にこんな生活なんです。最初は、いつか顔を出すアクションスターになりたいと思って入ってくるんですよね。あのころの僕も、もちろんそれが目標でした。アクションもできる俳優になりたくて。だから、40代後半の現役スーツアクターの話だと言われれば、やらないわけにいかないですよ(笑)。アクションシーンもあるということだったんですが、気持ち的にはまだできるんじゃないかと思いましたしね。若いころに結構できたから(笑)」
役のため、撮影前からトレーニングとアクションの訓練を開始。さすが、すぐにカンを取り戻したようだ。
「まあでもこの年ですからね(笑)。実際は少し怪我もしました。筋膜を少し痛めちゃって。柔軟性が足りなかったんですね。でも、過去の経験から、痛めたときの治し方やトレーニング法も心得ていたのが良かったと思います。無理しちゃいけないときってあるんですよ。撮影前に完治しないままトレーニングしていたら本番入って、もっと大変ことになるのが自分でよく分かっている。そういう面でも当時の経験が生きたのでは、と思います」
しかし本当にすごいのは、実際に高さ8.5メートルからのジャンプをはじめ、劇中に登場する難易度の高いアクションも唐沢自身がこなしているということ。
「体というのはだんだん慣れてくるものですね。撮影の最後のほうはすっかり慣れて、気持ち的には何でもやれそうな感じはしていました(笑)。飛び降りは、高さの問題はあるけれど普通に飛び降りればいいので、さほど難しいことではないんです。ただ、後半のアクションシーンには体をひねるアクションなどもあるので、それがけっこうきつかった。50歳になって2回転半ひねる人はなかなかいないからね(笑)。やってみたら意外とシャープにひねることができました。でも、顔が映っていないから誰がやっているのか分からないんですけど(笑)」
日の当たらない場所にもヒーローはいる。身を持って知った“修業時代”
スーツアクターという役どころだけにヒーロースーツや忍者の覆面で、唐沢の顔がほとんど見えない場面も多々ある。もったいないというか潔いというか…。
「“レッド”のスーツに入って、まったく顔を撮影しないで1日終わった日もありましたよ。俳優が、何のメイクもせず仮面をかぶって1日終わるって…大丈夫なのか?と思いましたけど(笑)。とくにクライマックスの100人斬りの場面では、ずっと忍者の覆面をしているので僕自身がアクションしていると分からない人もいるかもしれませんね。でも、それでいいと思うんですよ。この映画の本質と合ってるんじゃないかと。日の目を見ない、それでも誰かが見ていてくれると信じて頑張る人たちの物語ですから」
それこそ、かつて唐沢自身が身を持って感じていた想い。10代で東映アクションクラブに入ったもののアクションスターへの道は開けない時期が続いていた。
「そのころは若くて生意気でした(笑)。身体も動けたほうだったので、調子に乗っていた部分があったかもしれませんね。こんなところにいても一生芽は出ないよ、なんて偉い人に言ってしまい、気が付いたらクビになったりとか。その後も仕事を頂きましたけど。普通、月謝を払っていてクビにはなりませんよね(笑)」
“日の目を見ない”時代のことを唐沢は宝物のように語る。
「アクション監督の柴原さんも、当時から存じ上げている方なんです。あのころ柴原さんは宇宙刑事のスーツをやっていたんですよ。僕は悪の手下をやっていました(笑)。僕に殺陣の稽古をつけてくれたのはデンジマンをやっていた竹田道弘さんという、すごく怖い方でね(笑)。この人が実際に“ピンク”のスーツアクターとして有名だったんですよ」
彼らは本気でスタントをやっている、とリスペクトをにじませる。
「だって、当時の現場は本当に大変だったんですよ。現在だと飛ぶシーンでワイヤーを使いますけど、僕らの時代はピアノ線を使っていたから、よく切れて落ちていました。僕も“レッド”とか“ブルー”が仮面も外さないで救急車で運ばれていく姿を何度も見ましたから。仮面をかぶると、本当に前が見えないんですよね。目の部分に穴が開いているだけだったので、横なんて全然見えないんです。だからみんなで声を掛け合って動きを合わせていたんですよ。当時は全部アフレコなので、現場では“ハイッ” “ハイッ”と、掛け声を出しながらやっていたんです」
本作のクライマックスでも100人を相手にした見事な大立ち回りを披露しているが、かつては時代劇の斬られ役も経験している。
「あの殺陣というのもけっこう経験が大事なんですよね。きちんと居合から学んでいる人と、1カ月くらい木刀で練習しただけの人では、どうしたって違いが出ます。斬られ役は、ただ型を覚えるだけではダメなんです。時代劇の主役ってすごく自由な人が多くて、本番でテストと全然違うところを斬ってきたりするんです(笑)。僕たち斬られ役は、どんな体勢でも斬られなきゃいけないから、とにかくその場で主役に合わせた動きをしなきゃいけない。松方弘樹さんも、本当に自由でしたね(笑)」
その後、唐沢は演技の才能を見出され二枚目のスター俳優としてテレビや映画に引っ張りだこに。
「今までアクションをやってきた人間が、いきなり爽やか路線をやってくれと言われても、なかなか厳しいものがありましたよ(笑)。トレンディードラマなんて、思ってもみなかった方向に進んだわけですけど、そうなった以上は、なんでも全力でやらないと、と思って」
現場で走り回っていれば、きっと誰かが見ていてくれる。
だからこれからも走り続けたい。
かくしてトップクラスの俳優として走り続ける今でも、原点はアクション時代にあると語る。
「あのころ僕は、いつも現場にいましたね。スタッフの手伝いやアルバイトも山ほどやりました。東映の撮影所のあらゆる場所でバイトしたんじゃないかな。大道具さん、衣装さん、照明さん…。いろんな仕事を覚えましたよ。何にも生かされていませんけど(笑)。あのときは、仕事のチャンスをつかみたかったというのもあるけど、現場にいれば誰かが見ていてくれるという希望を感じていたのかもしれませんね。スタッフ側も経験したことで、僕は今でも現場で、あまりわがままを言えないんですよ。俳優って本当にわがままな人が多いんです(笑)。俳優なんて、1人じゃ何もできないのにね」
本作は、自身の原点を振り返るきっかけにもなった。
「当時お世話になった方々にもたくさん会えたし、楽しかったですよ。僕のキャリアのすべてがここから始まったんだと思うと本当に感慨深いですね。現場で全員に頭を下げて挨拶して回っていたことを思うと…今も下げてるか(笑)。本当に、アクションの現場からキャリアを始めることができたのはラッキーだったと思います。礼儀や協調性、正義感といったことは、みなあのときに学んだことです。今は迎合することも学びましたけど(笑)」
本人は茶化すが、迎合しない姿勢こそ当時から失われていないもの。
「実は今回も、もうアクションをやっていないのでスタントマンにお願いしたい、と言ってもよかったんです。でも自分にはそれができなかった。経験者の意地みたいなものがあったんですよね。やるならちゃんと努力してベストを目指さなきゃ。観客には、ちゃんと分かりますから」
その意気込みは、現場の“後輩”たちにも影響を与えたようだ。
「クライマックスで100人を相手にする立ち回りがあるんですが、その斬られ役の中には、僕がアクションをやっていたことを知らない若いスタントもいるわけです。“唐沢さん、昔どこかでアクションをされていたみたいですね”なんて感じで。こっちも“いや僕はもう君らみたいには動けないよ”なんて答えつつ、体をひねる動きなんかをやってみたりすると、がぜん目の色が変わるんですよ。“すいません! 俺、屋根の上から宙返りで飛んでみたいんですけど”なんて言いだしたりして(笑)。それで結局、ドーンと落ちて体を痛めたりね。負けず嫌いにもほどがあるだろと思ったんですけど。でもね、そういうのけっこううれしいんです。ケガをするのがではなく、その負けん気が、うれしいんですよね。だから僕もしつこく勝負したい。逃げ続けないでやりつづけたいと思います。…今のところね(笑)」
今後はアクション作品への出演依頼も舞い込みそうだが…。
「そういう役は全然来ないんですよ。刑事モノでも、もっとちゃんとしたアクションをやれるのに…(笑)。まあ、今から話が来ても“ちょっと今、身体の具合が…”と断りますけどね。僕は正真正銘、トレンディー俳優ですから(笑)」
スーツの中に本当のヒーローがいるように、一流の演技派俳優の中にアクションスターがいることもある。予想外の驚きと感動、新たな発見がつまったこの秋イチオシの日本映画だ。(本紙・秋吉布由子)
STORY:熱血漢でブルース・リーを崇拝する本城渉は『下落合ヒーローアクションクラブ』の社長兼スーツアクター。42歳となった今も満身創痍の体を抱えながら日々奮闘している。ある日、スーツアクターとして出演中の『ドラゴンフォー』が映画化されることになり、数年ぶりに俳優として役をもらえることに。ところが人気絶頂の新人俳優・一ノ瀬リョウにその役を持っていかれたうえ、ハリウッド映画『ラスト・ブレイド』のオーディションを受けるリョウにアクション指南を頼まれる。本城たちの努力と情熱に刺激されたリョウは見事オーディションに合格。ところがその映画で究極のスタントに挑戦するはずだったアクション俳優が、危険すぎると降板。困り果てたスタッフは日本アクション界のベテラン・本城に白羽の矢を立てる…。
監督:武正晴 脚本:水野敬也 出演:唐沢寿明、福士蒼汰、黒谷友香、寺島進、和久井映見他 主題歌:吉川晃司 /2時間4分/東映配給/9月6日より全国公開
http://IN-THE-HERO.comhttp://IN-THE-HERO.com