SPECIAL INTERVIEW 勝地 涼
舞台『小指の思い出』主演
芸術監督を務める野田秀樹の戯曲を気鋭の演出家によって上演する東京芸術劇場のシリーズ企画として、9月29日から『小指の思い出』が上演される。そこで主演を務めるのは勝地涼。企画の面白さについつい目がいきがちなのだが、豪華なキャスト陣を忘れてはいませんか? ということで役者側からこの作品を語ってもらった。
今回演出を手がけるのはマームとジプシーの藤田貴大。2012年に岸田戯曲賞を受賞、その独創的な演出ともども高い評価と注目が集まる若手演出家だ。作・野田秀樹×演出・藤田貴大という組み合わせで大きな話題を呼んでいる『小指の思い出』だが、藤田貴大×勝地涼というのも大いに興味をそそられる組み合わせ。まずは勝地に作品の印象を聞いてみた。
「内容がすごく難しいというか、感覚的な作品だと思います。脚本のほかに原作となっているものも読みましたし、夢の遊眠社時代の映像も見ましたが、それが答えではないじゃないですか。それに野田さんの作品ですけど、今回は藤田さんが演出をするというのが一番の肝なので、稽古場で作っていくことが大きいと思うんです。なのであまり頭でっかちにはならないようにはしていました」
演じる赤木圭一郎役はセリフが膨大。
「あまりそこは意識していないんです。台詞の量は大変だとは思うんですけど、それよりも内容のほうが心配というか不安なこともいっぱいある。そこが分かってきたら台詞はすぐに腑に落ちてくるし、体に入ってくると思っていて。だからそれまでが大変なんです。どんなに量が少なくても、それができないと台詞を言えなくなってしまう感じがします」
このストーリーとか内容を理解するのは相当難しい?
「難しいと思います。先日、あるお店でたまたま野田さんとお会いしたんです。食事をなさっていたので帰りがけにご挨拶しようと思っていたら、わざわざいらしてくださって、“やるんだよね”ってすごくうれしそうに声をかけていただきました。“ま、それだけ”って感じですぐ戻られたんで、“シャイな方なんだな”と思ったんです。その後、結局ご一緒することになってちょっとお話させていただいたんですけど、特にヒントは得られなかったですね(笑)。でも “いいや”とも思いました。その感覚は自分でつかまなきゃいけないし、分かる時がくるって信じるしかないんで」
野田の作品にはどんな感想を?
「普通じゃありえないような世界を描いているじゃないですか。『MIWA』もそうでしたけど、ありえない…。でも初めて見る人には、もしかしたらホントにそうかもなって思わせるような作品ですよね。舞台上では現代というか今の世の中とは全然違う異世界が描かれていて、セリフも膨大で早い。どんどんどんどん人が動き回って、置いていかれそうになるんです。置いていかれそうになるから、追いつこうとする。で、見終わった時に“はっ”と、心にすとーんと入ってくるものがあるような気がするんです。でも帰り道にいろいろ考えても分からないところがたくさんある。分からないんですけど、あの世界が、今のこの世界と、なにかがつながっているような気がするんです。そういう不思議な感じに、いつもなりますね」
藤田の作品にはどういった感想を?
「この話をいただいたときって、ちょうど舞台中だったんです。早めに返事をしないといけないということを事務所の人にいわれてしまったんですが“本番中で、脚本も読めないので、返事を延ばしてください。読む時間も欲しいし、藤田さんの作品も見てから返事をしたいので”ってお願いして、そして脚本を読ませていただいたんです。“あー難しいな、よく分からないな”って思ったんですが、その後に藤田さんの舞台を見たら“『小指の思い出』をやりたい”という気持ちと“藤田さんと仕事をしたい”という思いがふわーっと広がってきたんです」
藤田の演出を見て驚いた。
「そうですね。リフレインという技法を使っているということを聞いて、ある程度のイメージは持っていたんです。例えば映画だったら、冒頭でラストのシーンを見せておいて、最後、そこにつながっていく、といった見せ方になるとか。でもやはり生で見なければ分からないことがそこにはあったんです。“これ面白いな。僕はこう感じたけど、みんなはどう感じているんだろう”って思って見ていました。この間やっていた『ΛΛΛ かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと———-』では、めちゃくちゃ笑いましたし、泣きました。最初は見えていなかった登場人物の感情や気持ちが、先に進んだり、過去に戻ったりしてまた同じシーンになった時に不思議と分かってくる感覚が面白い。でもそれを映画でやったらどうなるかっていうと、生じゃないからやっぱり違う。目の前で一緒に時間が過ぎ去っているのに、時間を戻して演じることとか、役者さんは人間だから疲れていくし…といったことがすごく面白かった。舞台は毎日同じことをやるわけだから、“すごくきつそう”とか“すごく息が上がってる”とか思いながら見ていました。でもふとした瞬間に、“これ明日もやるんだよな”って気がついて、そういう大きい意味でも繰り返しになっているんですよね」
映画やドラマといった映像方面でも忙しいのに、年に1回は必ず舞台に出る。舞台は見るのも立つのも好き?
「できるだけ色んな作品を見たいとは思いますね。舞台に年1回のペースで出ているのは、別に決めているわけではないです。いいタイミングでオファーをいただけているだけ。今の自分があるのは、やはり舞台のおかげだと思っています。舞台で学んだものを、映像に持って行った時に、すごく意味があるんですよね」
意味がある?
「映像のカメラの前で芝居をしているときの小さなお芝居。小さなお芝居というか細かい芝居もすごく大事ですけど、舞台上では笑いでも怒りでもなんでもいいんですが、感情を解放しないとなかなか役を表現できなかったりすると思うんです。もちろん、あえて何もしないということが表現方法だったりするときもありますけど。これだけの数の感情があることを理解したうえでカメラの前に立つのは、知らないで立つのとは全然違う。映像だけしかやっていない人でもそれができる人はいると思いますが、自分的には舞台で培ってきたものが、映像のほうでも生きていると感じるので、やっぱり舞台は続けていきたいと思います」
舞台をやることで、役者としての幅が広がったりスキルが上がっている?
「例えば、蜷川幸雄さんの作品にはよく出させていただいているんですが、蜷川さんとやったことのない人が蜷川さんを否定することは僕は嫌いなんです。例えば小劇場の人が商業演劇というものを否定することも、僕は嫌なんです。僕の性格上“やってから言えば?”って思っちゃうんです。だから映画にばかり出てて、“テレビドラマなんて”って言うのはあまり好きではないんです。経験したうえで言っているんだったらいいんですけど、って思ってしまう。僕はヒントはどこにでも落ちてるって思っているので、どこにでも行くし、どこででもやる。映画にはないテレビの面白さは絶対あるし、テレビにはない映画の面白さも絶対ある。それは舞台もそうだと思うのでいろんなものにチャレンジしたいという思いが大きいです」
求道者という言葉が似合う。ストイックな感じ。
「そんなこともないですけどね。単純に…悔しいんです。10代の時にテレビの現場に行って、悔しさみたいなものを感じたことがあって。今も悔しい瞬間はいっぱいあります。別に真剣に真面目にという性格ではないですけど、悔しい、っていう思いは必要なのかもしれません」
今春に「宮藤官九郎のオールナイトニッポンGOLD」の1コーナーの企画から『ドラゴン気取りのティーンネイジ・ブルース』で「涼 the graduater」として歌手デビューした。これもチャレンジというマインドから生まれたもの?
「あれは、単純に楽しそうだなって思ったんですよ。“そんなことやって” って否定する人もいると思うんです。でも僕は楽しいことにはチャレンジしたいですね。これは僕が宮藤さんと出会って、関係性を築いてきた中で実現できたことだと思うので。否定的な意見はあまり気にしないようにしています。それにひとつのイメージに固められるのも嫌なので、いろいろなことにチャレンジしているというところもあるんです」
役柄で面白いことをやるのは演技の一環。でも「涼 the graduater」みたいな破天荒なことを大真面目にできるのはすごいこと。
「リスナーさんも宮藤さんも楽しんでる。そこにYO-KING(真心ブラザーズ)さんも乗ってきて、楽しそうにしている。そうなったら後は楽しむだけじゃないですか」
稽古に入る前に、自分の中で用意しておこうということは?
「どうですかね…根性? そうなるといつもと変わらないんだけど(笑)。ずっと根性でやってきたから。でもそういうことでしかないですね、自分は。背伸びしてもしようがない。自分らしくいるしかないですね」
藤田は今回のキャスティングにあたって、映像の仕事をしている人たちとあえて一緒にやりたいという希望があった。それは手法の違いなんかで、その俳優がお客さんと向き合うスタンスがどういうふうに変わるのかというようなことに興味があったのだという。勝地については、それに加えて単純に俳優として好きという要素もあった。
「そう言っていただけるのはありがたいです。藤田さんは小劇場のほうでやってらっしゃって、どんどん注目されている方だし。対談の時に“大きなところを経験してから、小さなところに戻ってきたときに、その小さなものにも大きさが乗る”といったことをおっしゃっていて、僕と考え方が似ているなって思ったんです。どういう言い方をしていいのか分からないんですけど…、野心というか向上心があって、ここの場所で留まっていられない人なんだろうなって思いました。その感じって、ひとくくりにしていいのか分からないんですが、同世代として共通な何かがあるのかな、とも思います」
『小指の思い出』は1983年に初演された作品だ。何年経っても野田や夢の遊眠社という枕詞がついて回ってきた。しかし今回の上演でその色は薄まり、「藤田貴大が演出して勝地涼が主演してたやつね」というような言われ方に変わっていくのかもしれない。
(本紙・本吉英人)