鈴木寛の「2020年への篤行録」 第20回 新社会人が浴びる「プロの洗礼」
ゴールデンウィークが終わりました。新社会人のみなさんは研修期間に区切りをつけ、それぞれの職場で実地訓練が本格化していく頃だと思います。その一方で、仕事が厳しくなっていくのも事実。新年度スタートからの緊張感から一時的に解放された反動も重なり、いわゆる「5月病」が心配になる時期でもあります。
近年は減少傾向にあるようですが、一頃、新卒入社から3年以内の離職率が問題視されました。昔から「石の上にも三年」「桃栗三年、柿八年」と言うように、相応の成果が出せるようになるまでには一定の年月と忍耐が必要です。「いまどき古いことを言うね」と、眉をひそめられるそうですが、どんな業界、世界でも、一旦入ったからには、その良いところも悪いところも見ないで辞めるのは勿体ないと思います。
そういう私も実は、新社会人の最初の3カ月は辞めたくて、辞めたくて仕方がありませんでした。1986年、今の経済産業省、当時の通商産業省で社会人生活をスタートしましたが、霞が関のなかでも“通常残業省”と呼ばれるほどの激務。最初の1年間は100日、役所に泊まり掛けで勤務していました。とにかく山のように仕事が降ってきます。しかもいろいろな先輩からいろいろなことを同時に頼まれ、同期の新人も含めてキャパシティーがオーバーする。当時の通産省は体育会気質で、ミスをするとすごく怒られました。
そんなある日、上司に怒られて深夜残業中の私に、隣の課の課長補佐が声をかけてくれました。先輩は「今しかミスはできないからね」とも言ってくれ、さらに、巨人軍の原辰徳選手の新人時代の話を引き合いに出されました。
いまの20代の皆さんは原監督の現役時代をご存じないでしょうが、高校時代から注目を集め、巨人入団時には王・長島の後継と期待される等、鳴り物入りの新人でした。ところが、そんな大型新人に対して冷静な評価を下す「上司」がいました。巨人軍のV9を参謀として支え、久々に現場復帰していた牧野茂コーチです。牧野さんは原選手に対して「キャッチボールもできないからね」と語ったそうです。
新人とはいえ、曲がりなりにもプロである原選手に対し、「キャッチボールができない」とはどういう意味でしょうか。それは「プロレベルのキャッチボールができるかどうか」ということです。原選手が守っていた三塁手ならば、どんなに難しい体勢で捕球しても、一塁ベース上の一塁手のファーストミットにめがけて、ピンポイントに投げられなければなりません。スピード、技術の精度が大学生とは違います。おそらく牧野コーチの目には入団当初の原選手の技術が物足りなく見えたのかもしれません。
その話をしながら課長補佐は、「おまえが(ボールを)落とす、ミスをするのはしょうがない。なぜならスピードが全然違うから」と私に諭しました。私たちの世界でも、仕事の分量、スピードに対して反射神経的に対応できなければなりません。それはまさに「プロの洗礼」であり、天狗の鼻をへし折られるということ。
公務員試験に受かって何となく“できる”気分になっている。論述試験でもそれなりのことが書けるつもりになっている。しかし、こと仕事の文書を書くとなると、「プロの目」からは水準に達していないわけです。私も議事録を取るのが苦手で先輩の筆で真っ赤に直されました。
実は先輩や上司は、新人のあなたがミスをすることは想定内。そのリスクマネジメントが仕事です。逆に言えば、どこまでミスせずに頑張れるかを見ています。だから、何かミスをしたらすぐに報告・連絡・相談すること。初期消火が大事なのです。
新人選手もプロの球のスピード、変化に慣れていき、本来の才能を発揮していきます。仕事はできる人に集中しますので、課題を乗り越えることで次につながります。そういう意味では1年目は勝負所。あなたも立派な戦力。仕事がふられることは信頼されている証しです。「プロの洗礼」は誰もが通る試練の道。頑張ってください。
(東大・慶大教授、文部科学大臣補佐官)