長島昭久のリアリズム 国家と安全保障を考える(その八)
靖国問題を完結させるにあたり、私の解決策を提示したいと思います。まず断っておかねばならないことは、私は「東京裁判史観」には立たないということです。東京裁判は事後法に基づくものであり、罪刑法定主義に反しています。インドのパール判事が喝破したように、これは勝者によって一方的に敗者が裁かれた正当性の疑わしい裁判です。よって、私たちがA級戦犯だとか、B級、C級などという分類に振り回される必要はありません。靖国問題の解決策として「A級戦犯分祀」という議論がなされますが、次はB級、さらにC級へと波及してしまうに違いなく、意味を見出せません。
私は、少なくとも満州事変以降、国策を誤り、国際秩序から大きく脱輪して行った戦争の指導者は、軍人であれ文民であれ、靖国神社にお祀りする理由はないと考えます。私はことさらその指導者たちの失敗を咎めようというのではありません。戦争を指導して兵士を戦地に送った高位高官は基本的に畳の上で亡くなっています。畳の上で亡くなった人々は靖国神社に祀られないのが原則です。「昭和殉難者」の中には、軍人でもない廣田弘毅元首相や松岡洋右元外相ら、本来は靖国に縁もゆかりもない文民までが紛れ込んでしまいました。
ですから、前回紹介したように、厚生省からA級戦犯の祭神名票が靖国にわたった時、当時の筑波藤麿宮司は、「戦争指導者を靖国に祀ることは明治以来の靖国の伝統を壊すことになる」と考え、合祀を見合わせました。同時に、そのまま放置するのも忍びないということで、日本に関わる戦争で命を落とした方々の魂を「怨親平等の精神」に則り敵も味方もおしなべてお祀りしようと「鎮霊社」を建立し、昭和殉難者をそこに祀ったのです。
私は、ここで、国家のために命を捧げた方々をお祀りするという国家的事業を一宗教団体に丸投げしてきたことの異常さについて、改めて問題提起したいと思います。戦後70年を経て、過去幾度か試みられて挫折した靖国の「国有化」を今一度真剣に模索すべき時が来たのではないでしょうか。そもそも宗教法人への国会の介入は憲法上禁じられていますので、現状のままでは、どの方をお祀りするかは靖国神社に委ねるほかなく、その意味では「分祀論」も机上の空論に過ぎません。国有化のプロセスに入って初めてどなたを慰霊対象とすべきかについて国会の慎重な審議に付されることになるのです。その暁には、きっと1975年(昭和50年)以来果たされていない天皇陛下「御親拝」を実現することができると確信しています。
(衆議院議員 長島昭久)