大島優子 AKB48卒業後、初の主演映画『ロマンス』で見せた”初めての顔”
『紙の月』で日本アカデミー賞優秀助演女優賞ほか映画各賞を受賞。女優として高く評価される大島優子。そんな彼女が、『ふがいない僕は空を見た』のタナダユキ監督に望まれAKB48卒業後、初の主演映画で本領発揮!
タナダ監督と相思相愛!?
新宿・箱根間を往復する特急ロマンスカーのアテンダント・北條鉢子は完璧に業務をこなす、デキる女。ところが、怪しい中年の乗客・桜庭に、疎遠になっていた母からの手紙を読まれてしまい、なぜか一緒に母の行方を探すことに…。小田原城、箱根登山鉄道、大涌谷…かつて家族で訪れた観光地を巡る、小さな旅。その終わりに待つ、出会いと別れとは…?
等身大だからこそ繊細で奥行きのある表現力が求められる主人公・鉢子に、タナダ監督が望んだのが大島優子。一方、大島のほうも以前からタナダ作品に魅了されていたという。
「最初に拝見したのが『百万円と苦虫女』だったんですが、蒼井優さん演じる主人公の描かれ方がすごく好きだったんです。女の子と大人の女性との狭間にある、あの年ごろにしか発せられない色気というか、可憐な雰囲気を見事にとらえていて。あと、今回の作品にも通じるんですが、どこか懐かしさを感じる田舎町の描き方なんかもすごく好きでしたね。見終わって漠然と、この監督さんと仕事ができたらいいな、と思いました。そんなふうに思ったのはこれが初めてでした。映画は前々からよく見ていましたけど、この監督と仕事してみたいとか、この映画に出たかったという視点で作品を意識したことはなかったんです」
大島の女優魂を刺激したタナダワールド。そこに引かれた理由とは。
「主人公の女の子を見ていて胸がキューンとなったんです。映画を見ていて、初めて感じた感情だったんですよね。実は最初、男性の監督が撮ったのかと思ったんです。昔の男性監督の作品って、すごく女優さんが美しいじゃないですか。『蒲田行進曲』の松坂慶子さんとか…。刹那的な輝きというか美しさにキューンとなる、あの感じ。それを『百万円—』を見たときに感じたんですよね。そうしたら女性監督だったので、びっくりしました」
その後、CMの撮影を経て本作で監督&主演女優として本格タッグを組んだ2人。
「お会いする前のイメージと、ほとんど変わらなかったです。現場で改めて、素敵でカッコいい女性だなと思いましたし、映画監督としてもやっぱり素敵でした。タナダ監督がすごいのは、撮りたいものははっきり決まっていながら、現場で俳優に対して細かい指示を出すことがほとんど無い。俳優を自由に動かして、あとはカメラマンと話し合って詰めていく感じなんです。監督は俳優たちをすごく信頼しているんだと感じましたね」
同時にプレッシャーにもなったのでは?
「確かに、お芝居や役作りについて具体的に指示をもらえないと迷ってしまう場合もあります。でも今回に関する限り、そういうことはありませんでした。私は、お芝居については監督のおっしゃることが絶対だと思っていて、もちろん演出はしてほしいし、いろいろ課せられればそれに応えようという気持ちが沸く。そうやって作り上げていくことが芝居の楽しさでもあると思っています。でも今回の現場は、まったく違っていました。撮影に入る前の台本の読み合わせで、3シーンくらい大倉さんとの掛け合いをやったら“もう大丈夫です。あとは現場でやります”と監督から言われまして。そのときは、自分は本当に役作りできているのかと不安だったんですけど、現場に入って役衣装になったら、自然とすっぽり役に入ったというか。何の違和感も不安もなくなっていました」
その信頼感は、監督と主演女優として理想的な関係を生んだのでは。
「まあ、どんな形が理想的かは分かりませんけどね(笑)。でもタナダ監督との仕事が本当に心地よかったのは確かです。特に今回は、私をイメージして鉢子を書いていただいたことも、大きかったと思います。だからこそ、最初から監督と同じ感覚で鉢子をとらえることができたんじゃないかと。それに、自分と同じ26歳の女性という等身大の役どころでしたし。女の子でもなく完全に大人になりきった女性でもない、いろいろと気持ちが揺れ動く微妙な年ごろ。私自身、そういう気持ちはよく分かるので(笑)」
こんな大島優子、初めて!?
等身大の役どころとはいえ“特訓”が必要だったのがアテンダントとしての所作。
「アテンダントさんのお仕事を見学というか、動きを逐一、観察させていただきました(笑)。注意して見ていたのは、動きと声ですね。特に話し方。声の出し方とかイントネーション、言葉づかいなどは独特で、しかもそれを鉢子らしく言わなければならないので。それで実際に、接客しているアテンダントさんの様子から学んだほうがいいと思って、走行中、注意深く見学させて頂きました(笑)。ただ、アテンダントさんの声が周囲にはあまり聞こえず、その座席のお客様にちょうど良く聞こえる絶妙な音量なので、走行中の車内では少し離れた座席にいると声がたいして聞き取れないんです。まあ、そういうこともひっくるめて、勉強になりました(笑)」
テキパキと仕事をこなす大人な鉢子と、疎遠になった母への複雑な感情を引きずり続ける鉢子。プロの動作を完璧に見に付けたことで、そのギャップがさらに引き立ち、親近感や共感を生む。
「職場での鉢子は仕事もできて責任感もあるしっかりした人物ですけど、でもそれは外向きというか、“演じて”いるわけですよね。でも鉢子の中ではいろいろ複雑で、ロマンスカーと一緒で行ったり来たり、右往左往しているのが素の顔なんです」
そんな鉢子の素顔を引き出すのが大倉孝二演じる、いかにも怪しい映画プロデューサー・桜庭。
「鉢子ときたら、万引きの疑いがあるとはいえロマンスカーを降りた途端に乗客だった桜庭のことを“おっさん”呼ばわりですからね(笑)。でも実は、最初は少しその部分のお芝居で戸惑ったんです。アテンダントとして、大人としてきちんとしている鉢子とのギャップを、どうやって演じようかと。豹変した人みたいに見えてしまうといけないと思って。でも、鉢子の育ってきた環境を考えると実はけっこうたくましくてもいいのか、と納得したんですよね。そういう背景が、素になった時の言葉ににじむのが、また鉢子らしさなのかもしれないな、と。それに気づいてからは、仕事中と素の鉢子のギャップも違和感なく演じることができましたね」
個性派俳優・大倉との意外な?コンビ感も新鮮だ。
「大倉さんの最初の印象は “声小さいな”って(笑)。あまり話さないシャイな方という感じで、どうやってコミュニケーションを取ろうかなと。好きな食べ物の話をしていたとき、カレーが好きだと言うので、おススメのお店を聞いたら、店が出てこなかったんです。だから“そんなんじゃカレー好きなんて言えないんですよ”って思わずツッコんじゃいました(笑)。そのあたりから、まさに鉢子と桜庭のような関係ができあがってきたという感じでしたね。後はもう、ズバズバ言うようになりました(笑)」
桜庭の言動で、抑え込んできた感情や過去が引き出されていく鉢子。本作では、大島が魅せる多彩な表情も見どころ。中にはファンがビックリするような顔も…!?
「最初に、初号試写を見たとき“ここまで引き出してもらったんだ”という衝撃がありました。桜庭や後輩に対して嫌気がさしているときの顔とか、顎が外れそうなくらいの大あくびとか舌打ちとか、全然“映画的”じゃない顔もあって…舌打ちなんて、普段もしませんけど(笑)」
コミカルな表情だけではない。
「ラブホテルのシーンで、桜庭に押し倒されているときの表情も、自分でも印象的でしたね。なんかもうあきらめていて、どこか宙を見ている感じで…こういう表情するんだ、と自分で思いました(笑)」
ラブシーンはナーバスになるものだが…。
「1回目にカメラを回すときから、自分のタイミングで動いていいと監督からは言われていたんですが、あくまで“そういう手前”というか、私をリラックスさせるために言ってくれているのかなと思い、一応、演技の時間やカメラに気を配りながらお芝居をしていたら、それに気づいたのか、もっと全然何も気にしなくていい、もっと自由にしていいし、セリフの間合いやセリフ自体も、要点つかんでいれば変えてもいいから、とまで言われたんです。監督がそこまでドーンと構えていてくださるので私も、ここでいつまでも気を使っていたら逆に失礼だと思い、あのシーンは本当に自分のタイミングで演じさせていただきました。今回タナダ監督に、いろいろな表情を引き出してもらい、役者として幅を作ってもらえたことは、私にとって本作で主演を務めた大きな意味になりました」。
誰もがたどる“小さな旅”
舞台となる箱根の風景が、鉢子と桜庭の奇妙な旅にしっくりハマる。
「箱根ロケでは、現地の方々がとても温かく見守ってくださったのが印象的でした。逃げる桜庭を追って猛ダッシュするシーンは実際にアーケード街でロケしたんですが、けっこう何度も走って。へばってましたね、大倉さんが。私は全然大丈夫でしたけど(笑)。箱根での撮影の間、ほとんど雨か曇りだったんですけど、それはそれでいいな、と思ったんですよね。東京からもっと遠くだったりすると“せっかく来たのに晴れてなくて残念”と思うんですけど、箱根だとそこまで遠出した感じがしないので、気持ち的に余裕が出るというか(笑)。実際、雨の箱根もまたいいんですよ。1メートル先も見えない大涌谷とか、おもしろかったですよ。私は何度も大涌谷には行ったことがあるんですけど、霧なのか蒸気なのか、あんなに真っ白になった大涌谷は初めてでした。少し“湿ってる”箱根も、風情があって素敵だなと思いました(笑)」
1日だけの人探しの旅は終わり、鉢子と桜庭も、それぞれ自分の日常へと戻る。“さよなら”だけが人生だ…しかし悲しむことはない。なぜなら、別れは、一歩進むことを意味するからだ。
「私自身、出会って別れて、を繰り返して成長して来たと思います。思えば、小さいころから出会いと別れをよく経験していたんですよ、何回も引っ越ししていたので。初めて引っ越しをしたときのことなんて、今でもはっきり覚えてます。小学校6年のときに横浜から栃木に引っ越したんですけど、小学生だと“もう会えない”くらいの距離なんですよね。すごく悲しかったんですけど、別れ際に友達が皆で歌を歌ってくれて。あんなふうに見送ってもらったんだから新しい場所でも友達をいっぱい作ろう、と思えたんです。別れが励みになることもあるんですよね」
それこそ、この作品で経験した出会いと別れは女優・大島優子にとって大きな励みになったはず。
「自然体でお芝居ができて、本当に心地よい現場でした。居心地が良すぎたともいえるかもしれません。だからこうして撮り終わって皆さんに見ていただいて、この作品ともお別れをして、本作でのことを励みに、大変な現場にも向かっていこうと思います(笑)。私にとって女優が天職かどうか、向いてるかどうか、それは今も分かりません。人の評価はあまり意識していなくて、自分がお芝居が好きだから、やりたいからやっているのが本音です(笑)。それが結果的に新たな出会いにつながればいいですね」
大島優子を主演に撮りたい、と思う映画監督との出会い。それはこれからも続くはず。(本紙・秋吉布由子)
監督:タナダユキ 出演:大島優子、大倉孝二、野嵜好美、窪田正孝、西牟田恵他/1時間37分/東京テアトル配給/8月29日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開 http://movie-romance.com/http://movie-romance.com/