浦沢直樹 稀代のヒットメーカーが初の個展を開催

現在、東京・世田谷の世田谷文学館で、『浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる』が開催中。漫画家生活33年となる今年まで、文字通り“描きまくり”、数々のヒット作品を生み出してきた浦沢の集大成を一挙公開。プロデュースも務めた浦沢が、開催の経緯や見どころを語る。

撮影・神谷渚

『パイナップルARMY』『YAWARA!』『MASTERキートン』『Happy! 』『MONSTER』『20世紀少年』『PLUTO』『BILLY BAT』など、発表してきた作品がすべて大ヒット、数々の賞を受賞してきた浦沢直樹。プロの漫画家としての33年分の作品はもちろん、デビュー以前の小学校1年生の時に描いた絵や、初めて描いたストーリー漫画なども展示され、浦沢の原点から現在までが分かる展覧会となっている。

「今回展示した小学校1年生の時に描いた鉄人28号の絵は、実はわざと下手に描いたものなんです(笑)。僕は幼稚園に行っていなかったものですから、子どもの流儀があまり分からず、本気で描くと浮いてしまうだろうと思って、隣りの子が描いている絵のタッチを真似して描いた。子ども心に、なるべく浮かないようにと思って(笑)。小学校2年生の時には、1人で全連載陣をやった、雑誌形態の漫画ノートを作りました。その時にすでにロングだとか、俯瞰だとか、そういう手法も使って描いていました。3年生の時には初めての長編『太古の山脈』を描き上げました。今回、それも展示しています。今年デビュー33年ですが、漫画は5歳ぐらいから描いていますから、50年分の展示とも言えると思います。この展覧会のタイトルを決めたのも僕なのですが、かっこいい感じは嫌だなと思いつつ、あまり泥臭いのもちょっと…。なんか聞いた時にクスっとなる感じがいいなと思い、このタイトルにしました。今までは、描いても描いても思い通りにいかないな、と思うことも多かったのですが、こうやってずらーっと全部並べてみると、めずらしく自分をちょっとだけほめてやりたくなりました。頑張ったなって」

 展示の仕方にもこだわった。

「漫画というのは見開き単位で読まれるものです。それを1枚1枚額縁に入れて飾ってしまうと、皆さんがいつも見ている漫画の形態と変わってしまう。漫画は連なりでできているので、見開き単位で、10ページとか20ページを見せていきたい。そんなふうに考えていたら『だったら単行本を丸ごと一冊だ!』というところにたどり着き、今回『MONSTER』の最終巻、単行本丸ごと一冊分の原画をバーッと展示することになりました。そうすることで、皆さんが楽しんでいる漫画が、どういう形でできているのかを体感してもらえると思う。手に取って楽しむ前の漫画の形を知っていただくことで、新しい漫画に対する見識を持っていただけたらいいなと思っています。各作品、どの部分の原稿を展示するかは、あれこれ考えずに、直感で選びました。例えば『YAWARA!』なら、『連載第1話目と“柔対さやか戦”でいこう!』とか。他にもいっぱい見せたいところはありますが、単行本を読み返しはじめると、ただ読んで終わっちゃう(笑)。描いてから時間が経っているので、普通の読者になっちゃって。だから逆に見ないで、ポンと思い出したものを選んだんです」

 最盛期は月6回の締め切り、月間130枚を描いてきた浦沢。その歩みを改めて振り返る。

「週刊連載のときは死ぬような思いをして描いていました。ここは地獄かって。今回『MONSTER』の展示を1巻にするか、最終巻にするか、最後まで悩んだのですが、最終巻を選択したのはそこに執念があったからです。これを描き終わった後に、体と肩を壊して倒れました。最終ページは断末魔みたいな状態でした(笑)。本当に満身創痍でしたから。改めて見てみても当時の執念を感じますね。今回調べたら、これまで3万ページの原稿を描いてきたようなんです。今回の展示はその30分の1くらいの量なんです」

 漫画を“描きまくる”原動力と今後について。

「5歳の時にさかのぼって考えると、一番最初に手にした手塚治虫先生の『鉄腕アトム』と『ジャングル大帝』を模写しまくっていました。そこが原点だと考えると、子どものころから“手塚山脈”を登りたいなとずっと思い続けて、ここまで来た感じでしょうか。僕なんかまだまだハイキングコースをうろちょろしていますけどね(笑)。僕、過去に描いたものについては他人事なんです。問題はいつも、今、目の前にある白い紙をどうやって埋めていくかということだけ。そこにしか関心がない。白紙のページを自分が満足できるように埋めていくことが、これからも目標です」
(TOKYO HEADLINE・水野陽子)

「浦沢直樹展 描いて描いて描きまくる」
【会期】3月31日まで
【会場】東京・世田谷文学館
【時間】10〜18時【休館日】毎週月曜
【観覧料】一般800円、65歳以上・高校・大学生600円、障害者手帳をお持ちの方400円、小・中学生300円