【インタビュー】河瀨直美監督と仏女優ジュリエット・ビノシュとの縁がつむいだ命の物語 『Vision』

撮影・辰根東醐
「ジュリエットも本当に岩田くんを気に入っていて、あなたは英語を覚えて世界に出ていくべき、と言っていました。そんなジュリエットや永瀬くん、他の役者さんたちから刺激を受けて岩田くんもどんどん自分の芝居を高めていっている感じでした」

 考えてみれば『イングリッシュ・ペイシェント』『ショコラ』のジュリエット・ビノシュが、吉野の森を歩く姿がこんなにも自然に見えるのも不思議なことだ。最初に会った瞬間にビノシュと映画を撮りたいと思ったというが、そもそも監督が一緒に仕事をしたいと思う役者の共通点とは?

「私は本当にモノを知らないんです。テレビも見ないので有名人もあまり知らないし。実は岩田くんのことも知らなかったんですよ。去年〈ショートショート フィルム フェスティバル & アジア〉で短編を完成させたときにお会いして、いつか一緒にできたらいいね、という話をしていて。その3カ月後くらいに、本作に出てもらうことになったんです。こんな感じなので、直接お会いしてみないと分からないんですよね。夏木さんも、私がエグゼクティブディレクターを務める〈なら国際映画祭〉の審査員で参加していただいて交流が始まって。この映画を撮ることになったときに“おばあちゃん役、やりますか?”と(笑)。私の映画に出てくれる役者さんたちは、ウワサに聞く河瀨組の厳しさを知っていても演じたいという意欲を持っている方であることは共通していると思います。マゾ的といえるかもしれません(笑)」

 言葉で人物のすべてを説明できる簡単な役は一つもない。今回は言葉や文化の違うビノシュもいる。それでも監督は役者たちから智を、ジャンヌを、鈴を引き出していく。

「他の現場を知っているわけじゃないので、他の監督と違うやり方をしているのかどうかは自分でも分からないんですけど、今回一緒にやるのが3度目になる永瀬くんは“監督は俳優のここ(と、胸のあたりに手)を見てくれているんですよね”と言ってくれますね。芝居の表面じゃなくて心の流れを見てくれるからこういうふうに撮れるんだ、と。私からしてみれば、永瀬くんが心を開いてくれているからこういう映画を一緒に撮ることができるんだと思っています。いくら私がオファーをしてもブロックされていたら何も生まれませんから。ありがたいことに、私に心を開いてくれる役者さんと出会えているんだと思います。それが困る人は避けて通るんじゃないでしょうか(笑)。ジュリエットも内面を表現する俳優ですから、本当にスーっと役に入ってきてくれました」

 本作のビノシュを見ていると、海外キャストとのタッグを今後も期待してしまうが。

「私、本当に人を知らないのでね(笑)。でもそうですね、私が審査員を務めた2013年のカンヌでパルムドールをとった『アデル、ブルーは熱い色』で青い髪の子(エマ)を演じたレア・セドゥさんとか、いいなと思います。映画祭でお会いしたりして、一緒にやってみたいなと思った人は何人かいますね。向こうから声をかけてくれたりして、お話ししてみると、私の作品を見てくれているとか、興味を持ってくれているというようなことも分かるので。そういうことがきっかけで、認識したり興味を持つことはありますね」

 映画祭で受賞したり評価されても、それきりになってしまうことは少なくない。しかし27歳のときに『萌の朱雀』でカンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少で受賞した後、第60回カンヌ国際映画祭では『殯の森』でグランプリを受賞、その後もコンペティション部門の審査員を務めるなど、大きく羽ばたき、カンヌ映画祭に貢献するまでになった。監督は、賞や評価とは別に、縁が生まれる場としてカンヌとの絆を大切にしているのかもしれない。

「本作などはまさに、マリアンとディナーの席で一緒になったことが始まりでしたからね。彼女がプロデューサーとなっていろいろ段取ってくれたことが本当に大きかった。彼女自身もすごく素敵な女性なんです。カンヌは彼女やジュリエットのような人とも出会える場でもありますね。でも映画監督ならカンヌを目指すべきとか、そういうことではない。私だって、実はたまたまなんです。寒がりなので冬の寒い時期の撮影が苦手で秋までに撮って4月ごろに完成させると、その時期に出品できるのがカンヌだということなんです(笑)」

 河瀨監督の“寒がり”が生んだカンヌとの絆。それもまた縁。その縁から、また新たな未来“Vision”が生まれるはず。本作を見る者も吉野の森の中で命と向き合い、自分自身の“Vision”を探すことになるだろう。「世界にはバランスがあって、そのバランスをコントロールするのは人間だけじゃない。さまざまなものたちや事情がそこにはある。その真実にたどり着ければいいなと、そんな思いを込めました」

 不確かな未来、謎めいた過去。それでも命をたどれば、答えにたどり着くかもしれない。深い森を歩きながら声なき自然と対話しているかのような映画体験だ。
(本紙・秋吉布由子)