二ツ目さん数珠つなぎ【第4回】柳家わさび「師匠は育ての親じゃなくて、生みの親です」

 落語ブームといわれて早ン十年。ブームはちょっと下火に?と思われているが、とんでもない。その頃まだ落語家の卵だった二ツ目さんが、現在の落語界を盛り上げている。そんなイキのいい元気な二ツ目さんを数珠つなぎでご紹介! 第3回は桂三四郎さんからの紹介で、柳家わさびさんが登場!

 インタビューの場所は自宅近くの喫茶店。かれこれ15年暮らしているとかで、商店街を 歩いていると、地元の人に声を掛けられることもしばしば。すっかり街になじんでいる。

「15年前にここからちょっと行ったところにある師匠の家に内弟子として住んでいたんで す。3年半お世話になって、内弟子から通いの弟子になりましたが、そのままこの辺りに住 んでいます。すごく過ごしやすいですし、ちょっと不便だなと思っても、街って変わるんですよね。引っ越してしまうとその町の変化に気が付かないかも知れませんが、ひとつところに長く住んでいると、街の変化が楽しいです。工事して便利になると、自分のために工事してくれたのかとさえ思う(笑)」
 

 昔と違って師匠の家に住み込む内弟子がほとんどいないこのご時世。知られざるその生 活は、しくじりの連続だったとか。

「今は師匠たちもマンション住まいの方も多いですし、内弟子は取らないケースがほとん どです。うちの師匠は2階建ての1軒家でしたし、初めは通いだったんですけど、内弟子に入る事になりました。内弟子の生活は、朝7時に起きてまず掃除。表を掃いて、門扉をふいて、石段に水を掛けて…。その前後に、2階を掃除する。物を全部どかして、窓枠、網戸、 階段をふく。食器棚は中の細かいものを一回全部出してからふいて、また戻す。そういうのを全部やると2時間はかかるんです。眠たくて、お手洗いの便座に頭を乗っけて寝ながら 掃除をしていました(笑)。その後は、師匠とおかみさんと別の机で朝ご飯をいただく。普通は内弟子が作るんですけど、おかみさんがすごくお料理上手な方なので、毎回おかみさんが作ってくれていました。ただ、私が“おいしいです”というのをうまく言えず、毎回怒られていましたね。緊張していたんだと思うんですけど、なんか取り繕ったように聞こえると。だから結局“おいしいです”って言えなかったりするとまた怒られて。でもそのおかげで、ほめ方を教わりました。緊張して味が分からないのに“おいしいです”って言うんじゃなくて、“おかずの味付けに〇〇入れました?”とか、変化に気づいた事を言えばいいとか。そういう事がすべて今、自分の身になっているような気がします。朝ごはんの後は、師匠が寄席に行くんですけど、前座になる前の見習い期間は師匠のお供をするのではなく、とにかく家の掃除をやっていました。雑巾がけ、庭の草むしりなどの合間に太鼓や着物をたたむ稽古。で、お昼もおかみさんが作ってくださって、食べた後はまた掃除。5時は廊下を掃除すると決まっていたので、日々その通りやっていました。こういう話をすると、コンビニに買い物ぐらいは行けたんでしょ?って言われますが、電話番をしなきゃいけないから、家からは一歩も出られないんです。窓の外の自販機を見ながら、あのココア美味しいだろうな…と思っていました。だからたまに師匠がカバン持ちで外に連れていってくれた時は、ものすごく新鮮でした。電車に乗るだけでも、ほかの人間に会えるだけでも幸せ。師匠とおかみさんの顔しか見ていないから、コンビニの店員さんがすごくきれいに見えた(笑)。前座になると寄席の楽屋に入れるので、さらにもっといろいろな人と会えてうれしかったですね。70歳ぐらいのお囃子さんにときめいたりして(笑)。縛られた日々でしたので、そういったちょっとした事にありがたみを覚えました。ほかの前座や二ツ目の人も苦労はしてきてると思いますが、さらにまた違った苦労をさせて頂けたように 思っています」

 落語家になったきっかけは今をトキメクあの師匠。

「落語家になったのは、ほんといい加減な気持ちです。もともとお笑いが好きだったので、 日芸の落研に入ったんですね。それも日本の笑いといえば落語だから、ちょっと落語に興 味を持ってみようかなって感じで、部会の勧誘を見ていたんです。その時に落研にいたの が、川上先輩。今の(春風亭)一之輔師匠です。その頃から一之輔さんは言葉がたくみだし、すごく面白かった。それで落研に入部したんです。そうして人前で落語をやるようになって、さらに興味が出てきた時に、うちの師匠が技術顧問として教えに来るようになって。大学では油絵を専攻していましたが、画家では食べていけないだろうし、落語をやるのが楽しいし、じゃ落語家になろうって。すごく浅はかな理由ですよね。もし今、あの時の私と同じような気持ちで師匠のところに弟子入り志願に来る人がいたら、“入れないほうがいいですよ”って言いますね(笑)」

 内弟子を経験したことで、生まれた師匠との特別な絆。

「仮に私のところに入門志願者が来たら自分との相性がいいかを見そうですね、自分は。 噺家としてどんなに優れていても、師匠と相性が良くなかったら首になるでしょうし、逆 に噺家として優れてなくても、師匠と相性が良ければ絶対に首にならないんだろうなって 思うんです。悪いかといって、その人が悪いわけではないので、内緒にしてあげるから、ほかの師匠のところに行ったほうがいいよって言うかも知れない。うちの師匠はB型で私がA 型なので、血液型判断とかだと相性が良くないんですけど、内弟子でずっとそばにいさせて頂けると、そういうのは関係ないというか…。本当に何にもモノを知らないところから、師匠とおかみさんが、いろいろな事を教えてくれたので、育ててくれたというより、生んでくれたという概念なんです。育ての親は誰ですかって言われたら、私は周りにいる師匠方と答えます。そして、生みの親は師匠のさん生とおかみさんだと言います。生みの親は両親と師匠とおかみさんという感覚です。私は師匠の子どもなので、相性がいいとか悪いじゃないんです。だから、師匠に対して嫌いなところもありますけど、でも大好きですって言えるんです。それは本当に好きだから言える“嫌”なんです。分かりにくいかも知れませんが、私の師匠に対する気持ちは強いです。そこはほかの一門の師弟関係とはちょっと違うかも知れませんね。師匠にとっての弟子は私だけで、初めての弟子なので、どうしていいか分からないこともあったと思います。私もなんとか食らいついて毎日過ごしている中で、しくじった時に“ルールは変わるんだ!”って言われて“えーっ!! ルール通りやったのに“って(笑)」

 毎月のネタおろしは「とにかくやる!」

「毎月やっている『月刊少年ワサビ』という会は117回続いていまして(2019年1月15日現在)お客さんからお題をいただいて、話を作るという三大噺の新作を毎月作っています。また、古典のネタおろしもやっていますが、100回目からは隔月にしました。師匠に教わっ
て、持って帰って覚えて、また師匠に見ていただくというスケジュールを合わせるのがちょっと難しい時もあるのでそこは変えましたが、それまでは古典、新作ともに毎月のペースでネタおろしをしていました。漫画でいうと週刊誌ぐらいのペースでやり続けているので、自分の美学を通す余裕はない。とにかくやる!です。もちろんその他にも落語会や寄席などに出演していますので、大変ではありますが二ツ目のうちは、とにかくネタを 仕込んで作るという作業をしようと思ってやってきました」

 今秋には真打に昇進する。

「(柳家)喬の字さん、(初音家)左吉さん、(柳家)ほたるさんと一緒に4人で襲名するので、ポスター撮りの日程を合わせたり、合同パーティーの打ち合わせをしたり、扇子・手ぬぐい・口上書きという3点セットと呼ばれるものを作ったり、徐々に準備に取り掛かっています。落語に関していうと、昇進するからといって変わるわけじゃない。ただ今後は、二ツ目がネタを仕込む時期なら、スキルという面をもっと磨いていかなければと思っています。台本や作家作業に目を向けていた分、プレイヤーとしての面が弱いんです。後輩でも私よりうまい人いっぱいいますよ、プレイに関しては。自分で言うのはおこがましいですが、作る事に関しては、私のほうが上手い事がある。しかし、今後は場数を増やし、お客様の前で噺を色づけていくなどを繰り返しやる事で、スキルアップをしてきたいと思います。もちろん、これまで古典落語をやってきた中で、いっぱい教えていただいてるんですが、毎月のペースで新作を作ってネタおろしをしているので、忘れちゃうことも多いんですね。だからそれをもう1度見直して、明確にしていきたいなと言うのはあります。とはいっても『月刊少年ワサビ』は死ぬまで続けていきたいと思っています。真打になれば多少は自分のペースで活動ができるかなと思っているので、そこは両方やっていくという事ですね」

 「ひとの窮屈な気持ちを落語で助けてあげられるのでは」

「ネットなどの普及によって、世の中の人がパフォーマンスに求める価値観がちょっとずつ変わってきたんじゃないかなと思います。今までは笑わせればいいみたいな感じで、みんながボケたりツッコミいれたりしている。そういうのが一般の方々みなさんできるようになると、次は物事に対する深みみたいなものがピックアップされてくるんじゃないかなって。そうなると、もしかしたらただ笑わせるだけじゃない落語が今以上に市民権を得る可能性があるんじゃないかと。落語って笑わしながらも人の気持ちを楽にしてあげる効果があるように思ってまして、先人たちが残されてきた落語たちを聞くとそんな気持ちになれます。だから自分も三題噺で落語を作る時、目標としては、落語で窮屈な思いをしている人を助けてあげられたらいいなと。それで気持ちを楽にしてあげられたらいいなと思っています。落語の主役には大酒飲みとか、ものを知らばないのに知ったかぶりする人とか、そそっかしい人とか、親の金で吉原で遊ぶ若旦那、泥棒まで出てくる。そんな人間のダメな部分の集合体みたいな人たちを主役にして、それを見方を変えて肯定してあげてみたり、さんざんコケにしてみたり、失敗させてあげたりしてその存在を許してあげられると、少し認めてもらえたみたいで、それをご覧になった方の気持ちが少し楽になるんじゃないかなと。だからって「じゃあ泥棒してもいいよな」って事を言いたいわけじゃないですよ(笑)。ただ、人間のそういう部分があってもいいじゃんって、極端にとがめたりせずにちょっとくらい許してあげる事が必要だなと思うんです、現実が窮屈すぎるから。もちろん度が過ぎてやっちゃダメなことはダメですよ。でも、ちょっとの失敗でも今はみんなでもってネットで叩きますよね? それを楽にできないかなって。で、そういう主役の人物を作るには人間の弱い部分を身をもって知っていないとできないと思ってまして。なるべく負け組でいたほうが良い作品がつくれると思ってるので、大金持ちとか『なにか賞とかとって勝ち組になりたい!!』みたいなに気持ちになれないんです。勝ち組になっちゃうと上から目線になってしまうといいますか、目線が変わって人間の弱い部分を見失ってしまうのではないかと。昔は、先ほど述べたような方々が現実に多かったのでそういう落語ができたと思うのですがまた、現代は違ったアプローチの人間のダメな部分が生まれてるでしょうからそういうのを見つけられたらなって思います。途中でネットの話になりましたが、匿名だからちょっとのことでも妬み嫉みでつい人の事を叩いちゃうっていう人の気持ちもこれは人間の人間らしい弱い部分ですから、新しい人間のダメな部分ですよね。『ネットで叩いてもいいじゃないか』そういう話をつくるのもいいかもしれませんね」

【プロフィル】 1980年8月24日生まれ、東京都出身。2003年、柳家さん生に入門。前座名「生ねん」。2008年、二ツ目昇進「わさび」と改名。2011年、林家しん平監督の映画『落語物語』出演。今年の秋、柳家喬の字、初音家左吉、柳家ほたるとともに真打に昇進する。HP: http://ameblo.jp/yanawasa Twitterアカウント:@yanawasa

【取材協力】COFFEE SHOP 舘