イランの英雄 シナ・カリミアン【格闘家イケメンファイル Vol.102】

 2018年9月、初参戦のK-1で「初代K-1クルーザー級王座決定トーナメント」に優勝し初代王者の座についたシナ・カリミアン。その後19年3月に加藤久輝を退けて初防衛を果たし、来たる「K-1 WORLD GP 2019 JAPAN 〜日本vs世界・5対5&スペシャル・スーパーファイトin大阪〜」(8月24日、大阪・エディオンアリーナ大阪)では、「日本vs世界・5対5」で愛鷹亮と対戦する。プロの格闘技大会が禁止されているイランから世界へと羽ばたいて活躍するヒーローは、いかにして格闘家の道に進んだのか?
シナ・カリミアン(撮影・上岸卓史)
「13歳くらいの頃、もともとは兄の影響でカンフーを始めたのですが、性格的に合わなくてムエタイを始めました。そもそも家族が格闘技をやることに反対していたので、“勉強してほしい”という親に納得してもらうために、一生懸命、学業と両立して、どちらも良い成績を残していました。その結果、格闘技の方で代表チームにも入ることができて、息子の活躍を見て親も応援してくれるようになりました」

 世界で活躍するようになりアマチュア大会では5度優勝をしてきていらっしゃいますし、K-1初参戦で初代クルーザー級王者に。

「K-1に出ることは子どもの頃からの夢でしたから、たゆまぬ努力が実を結んだといえます。イランではK-1の放送はもちろんないし見る方法がなくて。私は、子どもの頃から勉強とスポーツの傍ら働いていましたので、自分で稼いだお金を貯めて、試合後に売られていたディスクを買っていたんです。そんなふうにアーネスト・ホーストや、バダ・ハリを見て憧れていた自分が、彼らと同じK-1という舞台で戦えることになると分かった時は、うれしさというよりはショックに近い感情でしたね。代表選手として世界大会に出るようになってから、イギリスにしばらく住んでいたこともありましたが、どこでやっていくかは見定めていなかったので。それが今こうして日本という理想の場所にいられることを神に感謝します。そして自分を支えてくれている仲間たちにも。また、日本のファンの皆さんからたくさんのパワーをもらっています。私は外国人選手で、しかも日本人の選手を相手に戦っているというのに、ファンの皆さんときたら私に温かい言葉をかけてくれて、“頑張ってください”とか“今度の試合、絶対勝ってください!”と、外国人の私のほうを応援してくれます。その精神が素晴らしすぎる。日本のファンは尊い存在です。感謝が尽きません」

 対戦相手への態度と、ファンの方々への紳士的な振る舞いのギャップはかなり激しいですね。

「ああ(笑)、いつも周りからも言われることがあって、“リングの中と外で全く違う、二重人格のようだ”と。たしかに自分でも違うなという自覚はあります。対戦相手には敬意を払いますし試合後は友だと思って良い関係にもなれます。一方で会見などでの行動というのはショウアップするためにわざと何かけしかけたりだとか、狙ったことでは全くありません。自然にそうなってしまうのです」

 出身は“世界の半分”とも称される美しい文化都市エスファハーンとのこと。

「そうです。父の出身がエスファハーンと州が接しているバフティアリ(イラン中央西部)で。その後、テヘランに移住しています。イランの詩人サアディーの言葉を借りれば“旅に出て広く世を廻るが良い”。熟練するためには旅をせよ、ということで、それに従ったということですね。イランは制限がとても多い国ではありますが、それでも首都に出ることでチャンスは広がりました。コーチの人材が揃っていて、練習の機会も増え、代表チームに選出されることでさらに環境も整っていく。そして出会いも多くさまざまなキッカケにつながっていった、という具合です」

現在イランの情勢はとても緊迫しています。そういうなかで、海外で活躍していることが祖国の方々の励みになっている?

「そうですね。私が彼らを少しでも笑顔にできるならば、イラン人としてそれが何よりも一番うれしい。残念ながらイランの国民は、現在、世界でも最も圧力がかかり、苦労を強いられていることは間違いないでしょう。みんな、“できないこと”ばかりのなかで暮らさなくてはいけませんから、そういった制限が内側から少しでも取り除かれていくことを望んでいますけれども、抑圧的な生活をしているなかでも、自分のように他の国で活躍している国民がいること、そしてそれが叶うということも知ってほしいと思っています」

 インターネットやソーシャルメディアに対しても規制が多い中で、Instagramは若者たちの自由な表現の場になっているそうですね?

「そうです。私がここからイランと繋がることのできる唯一の手段が、Instagramです。当然のごとくK-1の中継があるわけでもなくYoutubeなどもフィルターがかかっていて国内の人たちは基本的にまともな手段で見ることができないので、私が自ら試合後に情報をあげるようにしています。」

イラン国内の若い人たちへの影響を実感しますか?

「ええ。本当にたくさんのコメントをもらえるのですが、たとえば“麻薬中毒に陥っていたが、試合を見て勇気付けられ、がんばって麻薬を断った”とか、“かつてスポーツをやっていたのに、やめてしまってすっかり体型も変わっていたが、再びスポーツをしようと思えた”という方まで反響は大きいです。」

 ニックネームのとおり国を背負って戦うヒーローという使命を感じているのでしょうか。

「プロの試合は国の代表として戦っているわけではありませんが、イラン国民が、私がK-1で戦う姿に勇気付けられるというのは喜ばしいことですので、試合には国旗をもって入場するようにしています。ただ、国旗を持っているからといって国家から支援を受けているというようなことでは全くないわけで。あくまでも自分の意志で、祖国の人々を想ってやっています。はっきり言って自分個人のことだけ考えて行動したことがない人生というか、幼い頃から家族や、周囲のひとたちのことを考えて生きてきましたから」

 昨年の参戦を機にずっと日本で生活しているそうですが、日本の暮らしはいかがですか?

「なによりも安定していて平和であるということ、そして決まりごとにならい、法律に従った生活が当たり前にそこにあるということは、とても幸せなことです。できれば日本に移住したいと思っていて、ゆくゆく家族も連れて来たいですね」

 外国暮らしで、格闘技から離れている時間はどのように過ごしているのでしょうか?

「外に出て、散歩するのが好きなんです。そして行き交う人と触れ合う。日本語を勉強する意味でも、日本語を通じてコミュニケーションをとるようにしていて、楽しいです」

 日本語はかなり上達しましたか?

「先に英語圏でしばらく暮らして英語を体得してしまったせいなのか、ちょっと日本語を使うのが恥ずかしいんです。もうそろそろ日本で暮らすようになって1年になるので、単語には慣れてきたのですが」

 いずれリング上のマイクも日本語のみになりそうですね。

「そんなに使うのはまだちょっと…(笑)。がんばります」

(TOKYO HEADLINE・本吉英人)
格闘家イケメンファイル Vol.102
イランの英雄 シナ・カリミアン


 イランではプロ格闘技の大会が禁止されているため、世界各国で行われているアマチュアムエタイの大会で活躍。さまざまな団体の世界大会で優勝し、イランでは“英雄”とも呼ばれている。WSRフェアテックスのイラン支部所属として、2018年9月に初代K-1クルーザー級王座決定トーナメントに参戦。決勝でブバッカ・エル・バクーリに勝利して初代王座に就く。アマチュア時代はWKN、WKU、IKN、WKF、IFMAの世界ヘビー級王座を獲得。戦績は9戦 9勝(5KO) 。Instagramアカウント:@sinakarimian_hero
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