【徳井健太の菩薩目線】第55回 “八つ当たり人間”や“ぶつかり男”の土俵に乗るな。狂気の「すいません!」で心をへし折ろう



 都内某ラーメン屋。それなりに人気も高く、店内はL字のカウンターに10名ほどが座れる小さなお店だ。その日、俺はルミネの出番帰りということもあって、衣装を入れる大きなボストンバッグを携えていたんだ。カウンターのL字、直角部分にあたる席に腰を下ろし、その下に申し訳なさそうに置かれるバッグ。今か今かとラーメンを楽しみに待つ俺。

 ラーメンが目の前に置かれる。「美味い」。さすがは人気店。まだ夕方だというのに、客が並び始めている。と、入口の扉から「ガタン!」と突然、不自然な大きな音が発せられた。どうやら、券売機でもたついている客にしびれを切らした、その後ろに並んでいる30代と思しき茶髪のニッカポッカを履いた男性が、苛立ちと威嚇の意を込めて、ドアを不必要に叩いたらしい。

 そのニッカポッカが、丁度、一つだけ空いていた席、L字の角。直角に並ぶように、俺の隣へと腰を下ろしたんだ。

「ドン!」

 何かを蹴とばすような鈍い音。「おいおい、次は何なんだよ」。――とは、思わなかった。なぜなら、彼が八つ当たりした先は、俺のボストンバッグだったからだ。見ると、彼のつま先がボストンバッグに刺さったまま、である。

 ラーメンをそろそろ完食しようとしていた俺は、じっと彼を見た。睨んでいるわけではない。L字の直角箇所に座っているわけで、俺が真正面を向くと、必然的に彼の顔を見ることになるんだ。とは言え、邪魔にならないように置いたつもりの俺のボストンバッグに、彼のつま先がめり込んでいる件が、気になって仕方なかった。だから、じっと彼を見ていた。ニッカポッカも、箸を止めてドンブリではなく、自身を見つめている俺に気が付いているに違いない。しかし、彼は何の反応も示さない。

「ホント、すみませんでした! いや~邪魔でしたよね……ホント、このボストンバッグが悪いんです。すみませんでした!」

 俺は、彼に向って謝りながら話しかけたんだ。でも、彼は何も言わない。だから俺は、届いてほしいと願いを込めて、その後、15分くらい狭い店内でひたすら、「お怪我はなかったですか? 俺のボストンバックに足を突き刺したとき、お怪我はなかったですか?」とか、「ホント、すみません! 足の先にボストンバッグがあるなんて思いませんよね!?」とか、ひたすら彼に謝り続けた。でも、彼は俺に振り向いてくれないんだ……なんでだよ! なんでラーメンばかりすすって、器ばかり見ているんだよ! 俺は悔しかった。なんで、俺の謝意が伝わらないんだ! って。

 店を出るとき、俺は彼に向って深々と頭を下げ、「二度とボストンバッグがめり込まないように気を付けます。本当にすみませんでした!」と声を大にして、扉をしめた。彼、食べている間、何の味も感じなかっただろうなぁ。

……
………

 俺さ、体がぶつかったりしたときは、「痛い」って発するようにしているんだ。ドンとぶつかられて我慢すると、「だんだんムカついてきた」なんて気持ちにならないだろうか? 溜め込むから、指数関数的にムカつきが増大していく。だから、その瞬間にひとまず俺は吐き出す。「痛い」は素直な感想だ。「おい、お前!」なんて吐き出すと、要らぬ争いを生むから、感想を吐き出せばいい。大分、気持ちが軽くなる。

 先のラーメン屋での話も同じだ。俺は、「すみませんでした」としか言っていない。「何、蹴ってんだ」と言ってしまうと、それこそ蝸角の争いになってしまう。つまらない狭量な輩、どうしようもない阿呆、そういう奴と遭遇し、何か被害を被りそうになったとき、絶対に相手の土俵に乗ってはいけない。相手の窺い知れない領域へと案内してあげればいい。

「すみません」とひたすら謝る俺に対し、彼が言えることと言えば、《もう分かった》くらいしかない。もしも、《なんだてめぇ》なんて具合に突っかかってきたとしても、第三者から見れば、「あの人は謝っているだけなのに」となる。《なに謝ってんだよ》と逆ギレしたとして、謝っているのに何を怒っているんですか、となる。そもそも、《なに謝ってんだよ》という怒りの言葉自体、意味が破綻している。もう、狂気があんぐりと口を開けているんだ。逃げ場はない。あとは、狭量な輩に狂気を味わわせてやればいい。恥をかかせてやるんだ。

 昨年、新宿駅をはじめ女性に意図的にアタックする「ぶつかり男」が話題になった。もし、そんなバカに遭遇したら、我慢なんてしなくていい。ぶつかられたら、まず「痛い!」って吐き出す。それは事実であり、感想だよ。そして、そいつを追いかけつつ、謝ろう。

「すみません! ぶつかりましたよね!? ホント、すみません! ぶつかって痛くなかったですか? この肩がよくないんですよね!? 肩がすみません!(と、自分の肩をバンバン殴る)」

《なんだよ、お前。……ぶ、ぶつかってねぇよ》

 大勢の視線が、男に注がれる。

「いや、ホントはもっとぶつかってしかるべきだと思うんです。ぶつかりたかったんですよね? 本当にすみませんでした。それに……突然、ぶつかってきて、避けきれなくてすみません! でも、他の人にぶつかるくらいなら、私にぶつかった方がいいですよね? すみませんでした!」

 ちょっと待ちなさいよ、とか、ふざけんな――そういう言葉を使いたくなる気持ちも分かる。でも、それだと相手の土俵に乗ってしまう。土俵に乗る必要なんてまったくない。相手の心をへし折る。へし折れば、もう土俵には上がってこれない。

※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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