【徳井健太の菩薩目線】第60回 俺に足りないものは「ベタ」 桂三度(元ジャリズム・渡邊 鐘)からの教え
東野幸治さんに続いて、音声コンテンツ『酒と話と徳井と芸人』のゲストに、落語家の桂三度(渡邊 鐘)さんが来てくれた。元ジャリズムにして、「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになる」で一世を風靡した“世界のナベアツ”でもおなじみ。ざっくり言うと、天才のお出ましだ。
そんな鍾(あつむ)さんだけど、ビックリすることに22歳くらいまで、地元・滋賀県でブラブラしていたそうだ。学生時代から天賦の才を発揮するでもなく、クラスの人気者になるでもなく。極めつけは、「自分が面白いと、一回も思ったことがなかった」そうだ。外界に出たらとんでもない化け物なのにそれに気が付いていない――、アメコミのモンスターみたいな少年期だよね。
就職する前に、好きだったお笑いでもやってみるか。そんな気持ちで大阪NSCに入学すると、周りのつまらなさに驚いて、瞬く間に頭角を現してしまったというから、やっぱりアメコミのサイコキネシ使いみたいな展開だよ。
ところが、鍾さんは一切自信がなかったと振り返る。たしかに、幼少の頃から誰かを積極的に笑わかしにいく人じゃなかったのだとしたら、皆が笑っていることに対する自分への“裏付けの乏しさ”みたいなものがあったのかもしれない。それをカバーするためにも、ひたすら背伸びにも似た努力をすることで、周りの期待に応えていたそうだ。
一例を挙げれば、「鍾だったら、とんでもないことをするだろ(言うだろ)」という期待を裏切らないために、あえてクレイジーな演出(突然、放送禁止用語を発するなど)を自身に施していた、と。「本当は俺はそんなことやりたくないし、面白いとも思っていなかった」、そう笑顔で明かす鍾さんを見て、なんだか10年前の自分に重なるところがあって、俺は涙が出そうになった。求められているからやり続けるって、切ないことでもあるんだよね。
東京進出を果たすも壁に突き当たり、ジャリズムは解散(一度目)してしまう――のは周知の事実だろう。そして、鍾さんは放送作家になるわけだけど、その理由がやっぱりモンスターなんだ。「テレビに出るシステムを勉強するため」。お金や地位なんてのはどうでもよくて、どういう理由で芸人やタレントがテレビに呼ばれるのかをバックヤードから把握しようとしたというんだ。「世界のナベアツ」は、緻密に設計された鍾さんの作品なのかもしれない。
放送作家、落語家を目指した恐るべき理由
現在は落語家として活躍する鍾さんだけど、このときすでに、放送作家になるか、落語家になるか、の二択しかなく、どちらの方がお笑いのためになるかと考えたとき、「そのときは放送作家だった」と教えてくれた。ともすれば、作家としても順風満帆だった鍾さんが、なぜ落語家に転身したのかが気になってしまう。
「40歳後半になったときに落語の才能を手に入れることができたら、自分はもっとおもろくなるなぁと思って目指した」。
驚いた。落語家の諸先輩方にも、もっと売れるために落語家をしていることを伝えているそうだ。この人は、まだまだ上を目指している。とんでもない才能に加え、恐ろしいまでの努力の人だったんだ。自分の背筋の伸びる音が聞こえたよ。
「ナベアツ、落語家になったんだ」、周りはそんな感想を抱くかもしれない。でも、そうじゃない。テレビのド真ん中に行くつもりで落語家をしている。ぜんぜん売れ足りないらしいんだ。なんといっても、「世界のナベアツ」の設計図を描いた人だ。芸人、作家を経て、落語家に。3度目の転身だから「三度」。「三」と「度」を合わせると、渡邊の「渡」という字になる。4度目、俺たちはどんな爆発を目撃するんだろう、一お笑いファンとして楽しみで仕方がない。
そんなお笑いマッドサイエンティストから、「徳井君はブレていない」というお褒めの言葉をいただいた。褒められた話なんて書くもんじゃないけど、あの渡邊鍾から言われたもんだから書き留めておきたい。これは、自分に言い聞かせる意味も含めて。俺からすれば、ずっとお笑いのことを考えている鍾さんこそブレていないように見えるけど、三度転身したからブレている、と。いずれ人は、歳や経験を重ねることでブレないようになるけど、若いころからブレないのはすごいことだと言われた。ブレないのは武器だ、と。
同時に、足りないものとして「ベタ」を指摘してくれた。鍾さんは、「ケンコバはベタを施したことで一気に売れた」と、例を挙げて教えてくれた。俺に足りないものは「ベタ」。この歳になって、こんなに素敵な宿題を与えてくれることに感謝しかない。「ベタ」。俺もまだまだ面白くなりたいんだよね。
※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozenz