【徳井健太の菩薩目線】第62回 オンライン化で気が付く“モチベーションを上げるオフライン”の大切さ
「『スナック吉本』~あの芸人がオンラインスナックのママに~」なる企画に参加することになった。吉本芸人とそのファンが、オンラインで一緒に呑んだり語り合う場で、先着数名ほどのチケット購入者を対象に、俺たちがママになる、という具合だ。
俺自身は、芸人仲間や仲の良い人とオンライン飲みをしようとは思わない。前回のコラムでも触れたように、「俺―家族」「俺―芸人(仕事仲間)」という異なる関係軸を同じ空間に同居させると、双方の純度が落ちるような気がするから。中途半端に混ぜた酒が美味くないのと似ている。
『スナック吉本』は、いわば音声コンテンツ『酒と話と徳井と芸人』の異母兄弟のようなもの。ゲストが芸人ではなく、チケットを購入したお客さんと考えれば、興味深い仕事だし、こういう形でオンライン飲みに接してみるのは面白そうだ。現段階(4月末時点)では、まだ開催されていないだけに、いざフタを開けてみないと分からないこともあるだろうけど。
振り返ると、そんなことばかりやってきた気がする。だから、変に気負うところはない。かつての俺は(今も、かもしれない)、「外部を盛り上げよう」という気持ちがほとんどなかった。その場にいる人たちに向けて、お笑いをすればいいと思っていたんだよね。
例えば、アイドルのトークイベントであれば、その子たちの魅力を引き出しつつ、欲を言えば、芸人と絡むことで彼女たちの新しい引き出しが増えればいい――という気持ちのみ。彼女たちを見に来たお客さんも、おのずと盛り上がるだろうと思っていたわけで、お客さんと温度差があったとしても成立するだろうと。ところが、そうでもないなと思ったのは、第44回のコラムのなかの「レベルを下げるのではなく、温度を下げてみる」で書いたとおりだ。
「オンラインでいいいじゃん」となったときどうするか
『スナック吉本』は、極めて閉鎖的な空間で人数も限定されている。チケットを購入してくれたお客さんが楽しければ成立する。変な話だけど、俺にとってはなじみのある環境であることに加え、これまでいろいろな酒場を巡ってきたから、アドバンテージもあると思う。とはいえ、どんな人を接客するのか当日まで分からないわけだから、楽観視はできないよね。
本来、スナックやバーは、常連さんが何人かいて、そこに新規のお客さんが入ってくることで、いい感じで雰囲気が醸成されていくもの。ところが、全員初めてのお客さん。新規開店だよ。気分的には、立ち上げたばかりの座長が俺しかいない“劇団菩薩目線”に、情報性ゼロの新メンバーがいきなり数名加入するようなもの。オンライン出禁になるようなお客さんがいないことを祈るばかりだ。
ただ、このオンライン体験を経て、お笑い界に起きるだろう変化も感じ取ってしまうだろうな。今までは、オフラインを前提にお客さんに対してお笑いを発信し、お金をもらっていた。特に若手ともなれば。分かりやすい例で言えば、ルミネやヨシモト∞ホール。テレビを夢見る若手は、オフラインの現場を通じて、お金を稼ぎ、芸を磨いていた。ところが、オンラインで成立する時代になるかもしれない。
オフラインにおけるギャランティと手間、オンラインにおけるギャランティーと手間。誰だって体験してしまえば、比較してしまうもの。コロナ禍が沈静化して、日常がある程度戻ったとき、オンラインで行った労働体験が、オフラインの労働体験に影響を及ぼすことは必至だろう。
これは芸人に限った話じゃない。例えば、テレワークで仕事ができることが発覚した人。再び満員電車に揺られて片道1時間もかけて出社し続けますか、と。効率性や生産性、そういった事がどうしても頭をよぎってしまうと思う。報酬が安かったり、無駄に手間がかかったりするかもしれない。「オンラインでいいじゃん」、そんな言葉が当たり前になったとき、一体、誰が苦痛かつ非生産的な時間をかけてまで、夢を追うんだろうね。オフラインの価値をきちんと見出さなければ、現場はどんどんなくなっていくような気がする。同時に、わざわざ現場に足を運ぶモチベーションを、どう自分に抱かせるかも問われてくると思う。“モチベーションを上げてくれるようなオフライン”作りが問われているのかもしれないね。
協力的ではなかった現場というのは、たとえコロナ禍が落ち着いたとしても、変わらず危機に面したままになるんじゃないかな。因果応報ではないけど、誰かにモチベーションを保たせられないような現場は、オンラインに取って代わられる。ミュージシャンに協力的だったライブハウスと、そうじゃなかったライブハウスがあったとする。後者は、「だったらオンライン上で自分たちでやります」なんて具合にそっぽを向かれても仕方ない。その変化は発信側だけじゃなく、いずれ受け手側も付いていくよね。オンライン化は、壮大な社会の実験装置だと思うな。
※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen