誰もが「走れる」社会へ。 義足エンジニアの新たな挑戦 遠藤謙【TOKYO 2020 COUNTDOWN】

競技用義足「ブレード」と足をはめる「ソケット」

必要な社会変革


「どうすれば手頃な価格のブレードが作れるか」。試行錯誤が続く中、遠藤さんは義足ユーザーを取り巻く環境にも課題があることに気づいた。

「たとえば、義足の“ソケット”ですね。義足ユーザーはソケットの下に日常用の義足をつけていて、走るときはブレードに付け替えます。そのときに、ソケットの下にスタンダードなパーツを使っていれば、ブレードに交換ができるんですが、人によっては、それを使っていないケースもあります。ソケットを作る段階で「走る」ということが想定されていないんですね。あとは、走ることに抵抗がある人がいまだに多いということ。ランニングクリニックのような場所は地面が平らで走りやすいですが、一歩外へ出ると全然真っ平らじゃない。“やっぱり外で走るのは怖い”という話を聞きます。“人に見られるのが嫌だから外で走りたくない”とか、細かいことだけど外で走ることを阻害する要因って点在しているんですね」

 コロナ禍での日常生活の制限も影響した。「外出自粛で出かけられないということは、彼らにとって月に1回の機会が奪われてしまった状態です。ランニングクリニックは7月から再開しましたが、“まだ心配だから来られない”という人もいます。本当は走るという行為は一人でできるし、誰にも干渉されない感染リスクの低いスポーツ。だけど、義足ユーザーの方は他の人と接触しないと走れないため、できなくなってしまった。これがコロナで浮き彫りになった課題だと思います」

「走らない」と「走れない」は全然違う


「走りたくない人を無理やり走らせるのか」という意見もある。こうした声も踏まえた上で、それでも遠藤さんは義足ユーザーの走れる環境づくりを目指す。そのわけは何か。

「たとえば年配の女性は、“私は外で走るのが怖いから、月に1回ここで走れれば十分”という方もいます。健常者でも日常的に走りたくない人っていっぱいいますよね。走るのが嫌いでも全然おかしいことじゃない。ただ、それでも“走れるか”ということに関しては、全員が走れる状態になっておいたほうがいい。“走れないから、走らない”と、“走れるけど、走らない”は全然違う。その女性も安全に走れるんだったら外に出たくなるかもしれないし、40代や50代になってマラソンに目覚める人たちもいっぱいいる。でもそれは、“走れる状態”になっていなければ起きないこと。さまざまな障壁を取り除いて“日常的に走れるよ”という状態になっているのが自然なことだと思っています」



目指す「ブレードの民主化」


 今年9月、遠藤さんは新たな挑戦を始める。生まれ育った静岡県で行うランニングイベントだ。静岡はリオパラリンピック走り幅跳び銀メダリストの山本篤や、同400mリレー銅メダリストの佐藤圭太などを輩出し、障害者スポーツ協会の支援を始めとして義足ユーザーを応援する土壌があった。

「どこまでやれるかまだ準備中ですが、先ほど挙げていたソケットの問題では、最初に義肢装具士さんが患者さんに走る意思があるかどうか確認するところから始まります。だから、静岡の義肢装具士さんを呼んで、走るときのブレードの交換の仕方や練習を患者さんと一緒に学びます。県内外の義足ユーザーや、それに興味がある医療従事者、パラスポーツ関係の方々にもぜひ見に来てほしいです」

 遠藤さんはその先の未来を見据える。「その1日を経験すれば、彼らは日常的に走れるようになれるかもしれない。そこから彼らの運動実施率が上がればと思いますし、スポーツ庁でもそこから生活の質が上がったり、社会活動に参加しやすくなったり、健康寿命が延びたりということが期待されています。一番は保険適用になればいいですが、すぐにはなかなか難しい。こうした科学的なエビデンスを長いスパンで揃えていかなければと思っているので、その最初の部分をまずはやっていきたいです」

 一番のこだわりは「耳を傾けること」。「僕は陸上競技者でもなければ、義足ユーザーでもないので、足りない部分もあると認識して、選手が直感的に感じたものをきちんと聞くようにしています」と遠藤さん。ものづくりの現場で培った信条は、健常者中心にデザインされてしまった社会全体の構造変革にも歩みを進めた。「誰もが“走れる”社会」へ。これまでも、これからも、義足ユーザーに寄り添い続けていく。 
     
(TOKYO HEADLINE・丸山裕理)
「TOKYO2020公認プログラム 静岡県ブレードランニングクリニック」
【日時】9月22日(火・祝)13:00~16:00
【会場】静岡県草薙総合運動場このはなアリーナ
【講師】山本篤、春田純、佐藤圭太、池田樹生
【参加費】無料
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