徳井健太の菩薩目線 第71回 “ヤンキー飲食店”で手のひらをぴしゃりと叩かれ、悦に入る、俺

都内某所。焼き鳥屋で飯を食っていたときの話。

予約はできない、カウンターのみ、開店時間も限られている……美名の噂を耳にする店で、雰囲気からして気骨が伝わってくる焼き鳥屋。俺は、そんな自分だけのルールが徹底されているだろう“ヤンキー飲食店”が好きだ。

このご時世だからか、開店時、客はゼロ。俺が席についても、ジジイの店主は一点を見つめてぼーっとしている。覇気という類のものが一切感じられない。ラジオの音だけが響き渡る。美味いらしいが、本当に大丈夫だろうか。

取ってつけたように、嘘みたいなコロナ対策の透明シートが、中とカウンターを遮るように張られている。俺の目の前をヒラヒラとシートが揺れる。コロナ対策越しに焼き鳥を出す。新しい生活様式。境界線をくぐるたびに「シートにタレがつくんじゃないか」、そんなことが気になって仕方なかった。

値段は書いていない。単品でも頼めるようだが、違和感たっぷりに書かれている「コース」とやらに、つばを飲み込んだ。こんな店が、どんなコースを。俺は、生気がないように映る店主の手のひらで転がされることを選んだ。頼んでしまった以上、出されたものを口の中に放り込む以外に、選択肢は与えられない。まずかったら、どうしよう。

肉に火が通っていく匂いがしてきた――。焼き鳥がジュウジュウと焼かれるほど、大将の顔にも雄心が戻っていくかのようだった。体が覚えているのか。人間には仕事、やりがいが大事なんだと思った。あの宙をぼうっと見ていたジジイから、腕一本で店を繁盛させてきた大将の顔になっている。一串ずつ出される焼き鳥。ほおばると、抜群の焼き加減にひっそりと感心した。

「レモン、しぼるか？」

突然、店主がぶっきらぼうに口を開く。“ヤンキー飲食店”では、その店のルールに従った方が何かと面白い。俺に、塩かタレかを決める権利などない。承服して、しぼってもらう。これがまた美味い。次から次へと、まるで寿司屋のように絶妙のタイミングで、新たな一串が目の前に差し出される。俺は、熱の宿るアツアツの焼き鳥を食べないと失礼だと思い、すぐさま口福にあずかる。

手羽先がやってきた。焼き鳥たちが、俺に謁見しにきているかのような気分。どんな味なのか――、手羽を取る。

パンッ。

弾かれる俺の手。「……まだレモンかけてねぇ」。ジジイの牽制。いつ以来だろう、飲食店でこんな体験。平気で客の手をぴしゃりと叩く店主を見て、俺は「うれしいなぁ」と悦に入ってしまった。

暴力なんだ。たしかに、ジジイの暴力でしかないんだけど、いまどき焼き鳥を早く手に取っただけで、手を叩いてくるジジイの店主が存在すること、いわんやそんな店が最高の飯を提供する。そして、怒られる俺。そんな店で飲む瓶ビールは、どうしてこんなに美味いんだろう。

薄くていいんだ。特濃、濃いお茶……濃厚を好しとする風潮があるけど、俺は薄くていい。俺は、濃いお茶が目の前にあったら薄めてやりたい。目いっぱい、氷を注いでやりたい。変に、かっこつけなくてもいい。クラフトビール？　余計なお世話だよ。国産のナショナルブランドが一番、美味い。普通でいい。

でも、人には強要しない。人は、それぞれが飲みたいものを飲めばいいんだから。せっかくの美味い酒が、アルコールハラスメントによって不味くなるなんて悲しいじゃないか。ノンアルコールの梅酒という（もうそれは単なる梅ジュースだと思う）、訳の分からないものまで登場した背景には、そんなアルハラがあるのかもしれない。宴席で、梅ジュースを頼もうものなら、いじられ、くさされ、何を言われるか分かったもんじゃない。だけど、「ノンアルコールの梅酒をお願いします」と頼めば、どこかまだ共通項を見つけられるかもしれない。逃げ場も。

そうやって必要以上に周囲を気にする空気感が充満しているのだとしたら、特濃も、クラフトビールも、ノンアルコールの梅酒も生まれるべくして生まれたと腑に落ちる。没個性だと思われる、国産のナショナルブランドだと怖いのかな。

気が付くと店内は満席で、この店が好かれていることを物語るには十分の活気が渦巻いていた。うらびれた外観からは想像できないほど、会計は高かった。ただ、金の使い方そのものは、安いもんだったのかもしれない。

※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です