徳井健太の菩薩目線 第80回 とりあえずがんばる、って負のメーターしか回らない
フジテレビの湾岸スタジオに向かうために、送迎のタクシーを呼んだ。経験上、送迎の場合、それなりにしっかりした運転手のタクシーが来るイメージを持っていたけど、やってきた運転手は、お台場までの行き方が分からないという。
俺は、スマホで住所を見せ、運転手はその住所をナビに入力する。高速に乗れば間に合う、けれどもそんなに余裕はない。生配信番組のMCをすることになっていたため、遅刻は許されない。
どういうわけか運転手は、ずっとナビをいじっては、「高速が出ないな、高速が出ないなぁ」と繰り返している。湾岸に向かう高速道路が工事中なのかもしれない。だったとしても、最短距離が表示されないだけで行き方は、他にもある。はずなんだけども、「高速が出ないな」と念仏のように繰り返している。何かのフリなのかと思うくらいに。
「すみません、急いでるんで」。そう伝えると、ようやく車は新宿を出発した。どうやら運転手は外苑から首都高に乗りたかったらしい。ところが、にわか信じられないけど高速が出なかったのかな、タクシーはどういうわけか新宿通りに出てしまった。
「ダメだ……乗れないッ」と、ぶつぶつと話している運転手。見た目は30代くらいだろうか。次の瞬間、「お客さん、高速ってどこから乗ればいいですかね?」と尋ねられた。どんな設定のコントかな、と思った。と同時に、出発するまでナビをいじっていた、あのアクションは何だったんだろうとも思った。
「いや、分からないですけど、いま、何をしているんですか?」
そう俺は返した。走りゆくタクシーの車窓から、東京の景色が流れていく。
「次、どこから高速に乗ればいいか考えてまして」、と運転手。
「あの、どうするつもりなんですか?」、再び俺が返す。
(運転手)「それを考えているんです」
(俺)「でも、あなた、いま走っているじゃないですか?」
走っているということは、どこかに向かっているということだろう。首都高にも乗れていないわけで、止めるでもなく、考えながら走っている――らしい。ここは、四ッ谷あたりかな。
(俺)「いま、これは何をしているんですか?」
…
……
スーン。突然、タクシーが停車した。
(運転手)「あの……いま、私が何をしているかというと……、わかりません。テンパったんだと思います」
(俺) 「は?」
(運転手)「すいませんお客さん、お代はいただきませんので、降りてください」
ちょっと待ってくれ――、と思ったけど、運転手の汗の量が尋常じゃない。何かを言い返せるような汗のかき方ではなかった。
不幸中の幸いか、降車後、すぐに別のタクシーが捕まった。何十分か前にやったはずのやり取りをして、再度、車が湾岸スタジオに向けて走り出す。当たり前だけど、そのタクシーはごくごく普通に首都高に乗り、目的地を目指していた。途中、湾岸方面の高速が封鎖されていることを目にして、「(湾岸行きの)高速が出ないという、あの運転手の言葉にウソはなかった」ことは晴れたけど、それ以外は何も晴れやしない。
プロって何だろう
プロって何だろうって思った。 タクシーの運転手にはいろいろな人がいるけど、まったく応用が利かないんだとしたら、わざわざお金を払って、その車に揺られる意味ってなんなんだろう。そんなことを考えることができたのは、配信直前ギリギリに到着して慌ただしく放送を終えたあとだったけど。
俺は、“とりあえずがんばっている”というのが好きではない。日本人って、そんな気質があるように思う。一応やっておけばいい、だってその行為自体は動かないよりかはがんばっているじゃないですか、なんて。でも、ゴールが見えていないのだとしたら、止めたほうが賢明ではないか。先のタクシーがそうだ。とりあえずがんばっていたとしても、目的地にはたどりつかないし、他の誰かの労力なりお金なりが消えていく。よくわからないがんばりに、誰かの、何かの、負のメーターが回っていく。
「何をやっているんですか」と質す俺に、「それを考えているんです」と一段とアクセルを踏む足に力が入る運転手。お互いに怖かったと思う。とても怖い経験をした。
人には向き不向きがある。不向きなものに対して、とりあえずがんばってみたところで、その人も、周りも、恐怖しか抱かない。一度、ゆっくりと停車し、路肩に寄せて、地図を見直した方が、いいんじゃないかなと思うんだけれど。
【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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