【インタビュー】森山未來、スパーリングでコーチをダウン!?「役作りで現役ボクサーと同じトレーニングをした理由」
“負け犬”の寡黙さの奥底にあるものは
身をもって体験したボクシングの世界。森山にとってそれは、晃という人物を演じ るうえで知らなくてはならないものだった。
「晃は寡黙な人物。セリフを覚えないで済むのは楽なのですが(笑)、だからこそ、この人はどんなことを考えて生きているのかを深く探っていく必要がありました。まず松浦さんをはじめとするボクシングの世界に身を置く人たちと接したり、試合の映像などの資料を見たりして、晃が生きるボクシングの世界を少しでも知ろうとしたのですが、知れば知るほど過酷な世界だなと感じました。というのも、晃は元日本ライト級1位なんですが、それでも日本ランカーというだけでは食っていけないんです。世界ランカーに入って初めて、ボクシングだけでご飯を食べていける。つまりボクシングで食べていける人はほんの一握りという世界なんです。だからほとんどのボクサーは副業をして生計を立てている。でも厳しい食事制限はあるし、日々のトレーニングは欠かせない。試合の1カ月前からは体に大きな負荷のかかる減量をしなければならない。そして試合の日には、闘争心をもって憎くもない相手と殴り合う。肉体的にも精神的にも過酷な世界で生きるボクサーという人たちのメンタルを考えると本当にすごいとしか言えません。でも逆に、そんな世界に触れてしまったからこそ、晃のようにボクシングにしがみつき続けてしまうのかなとも思いました。ボクシングは結果がすべての世界。だから、1回勝てば流れが変わる、次勝てば自分自身の人生も変わるはずと、可能性にかけ続ける気持ちは分かる気がします。何より、リングに上がって強烈なスポットライトを浴びながら、四方を観客に囲まれて人を殴るあの感覚は、快楽に近いものだと思いました。中毒性のある快楽じゃないかと。僕自身そういう感覚を、プロボクサーたちの人生観を垣間見ながらだったり、実際にトレーニングでスパーリングを行うなかで肌で感じていました」
チャンピオンの座を逃した日本タイトルマッチから7年。手にしかけた栄光をつかみ損ね、今や空虚に生きる晃の心情をセリフによらず表現した森山。
「彼がもともと寡黙な人だったかというと、おそらくそうではなかったと思うんです。む しろ日本ランキング1位のときは、もっとアゲアゲな感じだったんじゃないかと思う。若いころ、晃が児童施設でボクシングを教えているシーンなどで少しでも見せられればと思っ たんですけど、かつてはあんな感じで意気揚々としゃべるし、悪く言えば横柄に見えるほ ど自信にあふれていたと思う。ところがしだいに勝てなくなって、どんどん負けが込んで きた。その影響が私生活にも及んでいく。最初はもがいていたと思いますけど、やがて苦しむこともなくなり、すべてが形骸化してしまった。この物語は、晃が“負け犬”になってから7年経っているところから始まります。今の晃は、デリヘル嬢を送迎して、夜中にこっそりジムに忍び込んで加えタバコでサンドバッグを叩くような日々を送り、かませ犬としてリングに上がるもボディー1発で立てなくなる。肉体が衰えているというより、すでに戦うメンタルにない。でも、それでファイトマネーをもらって日々を何となく生きていく。そんな生き方が染みついてしまっているんです。そういう人の無口さというのは、体の中に言葉や熱量みたいなものが溜まっていても、それを出すタイミングも出そうという意欲も失っているがゆえの無口さ。言葉の通り抜け方がある意味、堂に入ってしまっているというか。周りから指摘されることだって全部、自分が一番よく分かっていることだし、 結果を残せてないこの現状を見れば言い返す言葉もない。今や、元日本ランカーのプライドを向けられるのは自分より目下の人間に対してだけで、同僚のタイ人ボクサーやバイト先の外国人労働者、子供に対しては、軽口を叩ける。そんな人間性を考えると、晃の寡黙さを表現するのは簡単ではありませんでした」
北村匠海が演じる、“夢あふれる”若き天才ボクサー・龍太。勝地涼が演じる、“夢さがす” 芸人ボクサー・宮木。それぞれの決意を背負う2人のボクサーと晃との、交差する運命の行方は…。
「2人とも素晴らしい役者ですからね。龍太や宮木がどんなストーリーを背負ってリング に立っているかを見事に表現していると思いました。もちろんボクシングの見せ方も見事 ですが、映画としては、2人がそれぞれのストーリーをどう表現するかにかかっていますから。そこもふまえて、やはり2人とも素晴らしいと思いました。勝地くんとは2人のボクシングシーンをすべて撮り終わった日に2人で乾杯しましたし、北村くんとも、2人のボクシングシーンの撮り終わりがほぼ撮影の終わりでもあったので、みんなで飲みに行きました。試合のシーンの撮影前は何日も節制していたので、その反動もあってかなり盛り上がりましたね」
アンダードッグとしての生き方がしみついていた晃に迫る、最後の選択。寡黙な瞳の奥に再び情熱は燃え上がるのか。
(本紙・秋吉布由子)