徳井健太の菩薩目線 第86回　またまたまたタクシーで“お笑い”について考えた。ある運転手の決断と言葉。

タクシーに乗車すると、いきなりそう話しかけられた。俺のことを、乗車１秒ほどで認識したらしい。どうやらタクシーに乗ると、何かと引きが強くなるのかもしれない。

50歳くらいの運転手は、よほどお笑いが好きなんだろう。 M－1当日は、タクシー会社に勤務している手前、サボって番組を見るわけにはいかない。けれど、「絶対に見たい」、その思いからどう考えても人が乗ってこなさそうな23区内の僻地に停車し、一応人を乗せる雰囲気を残しつつ、車内でM－1を視聴していたそうだ。おかげで全部見ることができました、と嬉しそうに話していた。

「ウエストランドが好きなんですよ。偏見かもしれないけどああいった面白いことを言える姿が見たいんですよね。 徳井さんを乗せる前までは、かまいたちの YouTube を見ていました。本当に芸人さんって面白いですよね」

芸人に対して、肯定しかしない珍しい人だった。芸人好きの多くは、お笑いが好きだと語る一方で、何かしら批評したがるし、気にくわない芸人について一石を投じたがったりする。ところが、この運転手はすべての芸人を肯定し続けた。「徳井さんのYouTube も見てますよ！　面白いですよ！」、その一言がすべてを表してるだろう。

タクシー運転手になって、まだ4年だという。そんな話をするようなきっかけなんてなかったと思う。しかし、おもむろに彼は運転手以前の話を語り始めた。

「普通に働いていたんですよね。一週間、月間、年間の目標を設定されて、それに対してサラリーを受け取るだけの毎日でした。そのおかげでマイホームも買えたし、家族を養えていたと思うんですけど、ある時、「俺はこのままこんな感じでずっと生きてくのかな」って思ってしまって。 自分はこのまま心の病気になってしまうんじゃないか――、妻にも誰にも告げずに、突然、仕事辞めたんです」

俺は、「とてもかっこいいじゃないか」と心から思った。「そう思っても辞めることができないのが普通ですよ。その決断ができずに、結果的にどれだけ多くの人が道を失っているのかと俺は思うんですよね。運転手さんのその決断は、とてもかっこいいと思います」と言葉にした。

家族を養うために、新しい職を見つけなければいけない。 選んだ仕事がタクシーだった。

「不安だったんですけど、始めてみたらすごい楽しかったんですよ、これが。今までは与えられた目標をこなすだけの毎日でしたし、固定給だから、何のために頑張っているのか分からなかった。でも、今は走りたいだけ走って、その分がお金になる。やった分だけ評価されることが新鮮だった」と、嬉々として話している様子が、運転する後ろ姿を通じて伝わってきた。

ちなみに、奥さんは今でも怒っているそうだ。安定を放棄したことに対して、「でも人生ですから」とばつが悪そうに話すと、車は角を曲がった。　

頑張れば頑張るほどお金になり、客と話しても話さなくても距離は変わらなければ、料金も変わらない。「自分に決定権があることがこんなに楽しいなんて」、そう笑っていた。そういう人たちが、“お笑い”というものを面白がってくれているのだとしたら、俺はとても嬉しくなった。「頑張らないとですね」なんて、がらにもなく零すくらいに。

「いやいや！」と運転手は制すと、「不倫とか軽犯罪とかどんどんやればいいんですよ」と珍奇な助言を与えてくれた。それはダメだし、“軽犯罪をどんどんやればいい”って、何なんだ。つまりは、「僕らは正しいとか間違ってるとか芸人さんに対して思ったことない。面白いか面白くないかしか感じないですから」と言いたかったらしい。乗り心地の良い言葉だった。

テレ朝に到着すると、最後に「今日の仕事はどのような？」と聞かれた。「東野さんと」と答えると、「幻ラジオですか？」と食い気味で返ってきた。幻ラジオをテレ朝で撮るわけがないだろ、と心の中でつっこんだが、東野さんと聞いてすぐに幻ラジオを思い浮かべるような人たちがお笑いを好きでいる限り、お笑いは強いんだろうなと思えた。

俺たち芸人は、自分のために笑いをやっていると思っている。だって、まさか誰かのためになっているなんて、おこがましくて思ったことがないから。でも、誰かの何かになっている仕事なのだとしたら、精一杯生きていかなきゃいけないなと、あらためて感じた。