徳井健太の菩薩目線 第94回 とんでもなくみっともないおじさんの話。 今日も、無意味に頭を下げさせられている人がいる。



 飛行機が着陸して、その衝撃で目を覚ました俺は、荷物を降ろすために席を立ち上がろうとした。


 すると、何やら慌てた様子のCAが、俺の前に座っている50~60代とおぼしき男性客二人に対して、「先程はすいませんでした」と駆け寄ってきた。一体、何があったのか。一番先輩格であろうCAがしきりに謝っている姿を見るに、結構な粗相をしでかしたのかもしれない。


 おじさんの一人は、「もういいよ! いらないよ!」と怒気をあらわにするばかりで、CAの言葉に耳を傾けようとはいない。何をやらかしたのか気になったので、耳をそば立ててみると、ドリンク提供の際に窓際のおじさんをスルーして先に進んでしまったらしい。別に珍しい話ではないから、その後、いったいどんな不始末をしたのか話をなぞると……、それ以上何もなかった。つまり、このおじさんはドリンクを無視されたことに異常に怒っているらしい。


 ちなみに、もう一人のおじさんはドリンクをもらったらしく、「俺だけもらっていない」と怒るおじさんに加担する形で、「どういうことだ!」と一緒になって怒っている。二人とも、見た目は会社員の部長クラスくらいだろうか。


 CAは、「先ほどはすみませんでした。もしお時間があるのであれば、空港内で飲めるドリンク券を差し上げます」といった謝意を伝えている。が、「もういいよ! 俺のこと飛ばしたんだから!」と一方的におじさんは声を荒げるのみ。


 情けなくなった。気が付かないなんてことはよくあるわけで、ドリンクの紙コップを回収する際に、「さっきもらえなかったんでもらえますか?」と言えばいいだけ。ところが、おじさん二人はとばされたことを根に持ち、着陸態勢に入る頃、思い出したようにクレーム。そして、「話にならない」とばかりに、着陸するや一番偉いだろうCAがあらためて謝罪にきた――。そのタイミングで、俺は目を覚ました。いや、覚めるわけがない。呆れたおじさんたちの子どもじみた態度に、寝覚めがいいわけがない。


 CAが謝ると、「でも、とばしたじゃん」と、自分だけが真剣だと思っている竹光を振りかざす。駄々をこねる。とんでもなくみっともないと思った。たった一杯のドリンク。しかも、途中でもらおうと思えばもらえるドリンク。こういうおじさんが、何かを壊しているんだと思った。


 おじさんというのは、良くも悪くも的(まと)になりやすい。おじさんの権利を主張するような団体もないから、攻撃もされやすい。でも、これじゃ対象になってもしかたない。


 こんなおじさんもいた。雀荘で麻雀を打っていると、「まだ来ないの!?」とキレ気味でスタッフに注文をつける、これまた50~60代の男性がいた。ちょうど弁当が届いたものの、それを見るや鬼の形相で、「さばの味噌煮弁当つったろが! 唐揚げ弁当なんて食いたくねえよ」と吐き捨てた。


 そのおじさんは、さばの味噌煮弁当を再び注文するように命じ、「また30分もかかんのかよ。ふざけんなよ!」と怒りをにじませながら、俺とは違う卓で麻雀を打ち続けていた。ところが15~20分ほど経つと、「あの唐揚げ弁当どうしたの!?」と、スタッフに尋ね始めた。


「弁当屋さんのミスではなく、自分の発注ミスだとわかったので、僕が買い取る形で食べようと思ってます」とスタッフが伝えると、驚くことに、おじさんは「一回見せてよ」とわけのわからないことを言い出した。


 自分が食べるわけでもない弁当をなぜ見る必要があるのかわからないし、そもそもどうして気になるのか理解に苦しむ。そして、「唐揚げ弁当いくらなの? え? 890円!? さばの味噌煮弁当って800円だったじゃん。こっちの方が高いんだ?」と気色悪い言葉を紡いだ。


 挙句の果てに、「もし俺がこの唐揚げ弁当を食べたら、君は今から来る800円のさばの味噌煮弁当を食べるの?」と言語明瞭意味不明瞭なことを言い、ついには、「一回ふただけ開けてみてよ」とのたまった。一枚ずつ脱いでいこうか――、AVのイントロみたいなやりとりを、おじさんは唐揚げ弁当を手にかかえるスタッフに告げていく。 


 唐揚げ弁当と対面を果たしたおじさんは、「みぞれとかかかってないじゃん! なんだよ!」と、また呆れながら怒り始めた。さすがに、スタッフたちも苛立ち始めたのか、スタッフ仲間の一人が、「この唐揚げはもともと味が付いてるんですよ。このままでも十分美味しいんですよ」と謎の援護射撃を買って出た。これが良くなかった。


「だったら、一個だけ食ってみようかな」


 そして、そのおじさんは唐揚げを一つ食べると満足し、その後、到着したさばの味噌煮弁当を喜色満面、ほうばっていた。


 こんな人たちが大人なわけがない。たった数十円の差、スタッフへのいびり、出し抜いたと言わんばかりの顔で唐揚げを満足気に食べたときの顔。俺はあまりの意地汚さに絶望を見た。


 3人のおじさんは、俺が見る限りいずれもそこそこ金を持っていそうな身なりをしていた。なんちゃって権力層をどうにかしないと、つぶされていく人たちは後を絶たない。今日も、無意味に頭を下げさせられている人たちが、たくさんいる。


 



【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw
「徳井健太の菩薩目線」は、毎月10・20・30日に更新します
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