高橋久美子、初の小説集『ぐるり』で描く「地球がぐるりとつながっていく世界」
『ロンドン』という物語の「ドラッグストアで働く店員の秘めたる才能について妄想」するところや「伊勢海老の群れがヒゲだけ動かして」いるさま、「ミーアキャット二匹が、オバQとラッパーを無理矢理連れ出す」など、とてもユニークだと思います。こうした描写は普段生活しながら感じていること?
「文章の中でちょっとした描写を響かせたいというのはあります。サビがどこにあるのか分からない曲って、何回聴いてもスルメのように味わえるというか、その時々で面白さが感じられる。2回、3回と読んだ時にそんなふうに感じてもらいたくて、地の文の中に面白さを散りばめられたらいいなと思って比喩表現を書いています。
“何で魚介の新鮮さにこだわって、踊り食いするんやろう”とは思っているかも。ライブツアーで海鮮がおいしい地域に行くと、踊り食いを出してくれるのですが、胴を切り離したイカの足だけ動いているのが恐ろしくて。“人間って何て欲深いんだろう、完全に死んでから食べたれよ”と思うわけなんですけど(笑)、そういう描写にちょいちょい自分が入ってきてますよね。
歌詞を書くので、普段から人のことをよく見ていたり、ネタ集めはすごくしています。歌詞を10倍くらい薄めると短編小説になるのかもしれない。とはいえ短編だから書けている気がして、長編でこれを続けたらなかなかしんどい気もするのですが」
表紙の奈良美智さんの装画もインパクトがありますね。
「奈良さんが連載を読んでくれていたみたいで、最終回にツイッターでつぶやいてくださったのをきっかけにお願いしました。装画はもともとある絵の中から選んだものですが、代わりに“挿絵を描いてあげるよ”と言って9枚も描いてくれて。文芸書なので小さめに載せたんですけど、星子ちゃんに桜が舞っている場面とか素敵ですよね。サトマリの本当の姿や別丁扉にもオバQがいて面白いんです。この小説にかかわった皆さんから花束をいただいたようで、本当にうれしいですね」
巻末の初出一覧を見て、一冊を通した時のタイトルや構成などが2枚組のアルバムのようだなと感じました。全体の構成はどのように考えたのでしょうか。
「途中から“物語がクロスするようにしたら面白いかな”と思って、意識して同じキャラクターを登場させるようにしたんです。連載中にコロナ禍になって、“今は会えないけど、会えない時間のほうが相手のことを思ってたりするな”と考え始め、それで“地球がぐるりとつながっていくという世界を書いてみるのはどうかな”と思いました。連載以外から入っている物語もあるので、全部書き終わったあとに少しずつ重なるように改稿していきましたね。
(コロナ禍で)前に書いていた世界をそのまま出してもいいのかなとか、どんなふうに受け止められるんだろうとも思ったんですけど、編集者に相談したら“無理やり物語と現実を揃えなくてもいいんじゃないですか”と言ってくれて。“そうか、お話の中なんだから今までの世界と同じように書いてもいいんやな”と思って、そこからはすごくリラックスして書きました」