ハライチ・岩井からの一言で、大人になるのは尊い作業だと再認識した〈徳井健太の菩薩目線 第130回〉
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第130回目は、『ゴッドタン』の楽屋での出来事について、独自の梵鐘を鳴らす――。
『ゴッドタン』の収録で、ハライチ・岩井(勇気)と会うと、自然と世間話に花が咲く。
その日も楽屋で、「どうしても嫌な人っているよね」なんて話題になった。腐り芸人同士。話題は、“陰”コースを攻めがちになる。
「自分が苦手な人がいたらどうするか?」
俺の意見は、やっぱり話したくないから、「無視をするような対応になるだろう」というものだった。すると岩井は、「自分のことを好きにさせた方が楽じゃないですか」という。
あの岩井が――。すごいな、変わったな、そんな思いが駆け巡った。たしかに好きにさせてしまった方がいい。仕事関係で一緒になるような状況ならなおのこと。嫌な人間かもしれないけど、自分のことを好きにさせてしまえば、現場はよりプラスに働く。敵対すれば、場は冷え込んでしまうだけ。
好意を自分に注がせるため、自分の感情は無視して、とことん苦手な相手を懐柔させるために注力する。なんてラブアンドピースな考え方なんだ。岩井がこんなことを言うようになったんだと思うと、感慨深かった。
「腐り芸人」というカテゴリーは、新しい局面を迎えているのかもしれない。ありがたいことに、俺も色々な仕事をさせてもらうようになった。はたして今の自分が、最初に「腐り芸人」に登場したときのようなピュアな腐りを抱いているかと言われると、わからないところがある。第一回目に登場した俺が、今の俺を見たら、「ずいぶん成長したな」なんて声を掛けるかもしれない。そういう意味では、初回から今にいたるまでまったくブレていない板倉(俊之)さんこそキングオブ腐りだと、兜を脱がざるを得ない。
おそらく岩井も、腐り芸人がきっかけで仕事のレンジが広がっていったところがあると思う。それまで接点がなかったような仕事をするようになると、仕事に対する考え方もいやおうなしに変わってくる。
いろんな仕事をするということは、その一つ一つの仕事に関わっているたくさんの人たちの背景が見えてくる。岩井がジョークのつもりで言った過去の揶揄だって、今を生きる誰かの傷口に塗りこまれる塩になるかもしれない。
そうした口から出た動かぬ証拠は、誰よりも本人が覚えていることで、過去の発言と今の自分を重ねたりもしてしまう。ああ、あんなこと言わなきゃ良かったなぁなんて。
俺も35歳くらいから、なんとなく今にいたる考え方の素地みたいなものが生まれていった。それ以前は、芸人という職業柄か、自分中心に考えてしまうところがあった。でも、35歳を超えたぐらいから、なんだかんだで周りが見えてきてしまう。いろんな関係性があって、いろんな思いがつぼみのように存在している。岩井はちょうど35歳だから、あいつなりに何か思うところがあるんだろうなって、なんてことのない些細な楽屋の会話から感じ取った。
自分が大事にしてるものを馬鹿にされたら腹が立つように、その人たちが好きなものをバカにしても何一ついいことなんかない。 聞き方一つとったって、「めちゃくちゃ詳しいですね。マニアですね」と聞くのと、「すごい時間をかけているんですね。なかなか真似できませんよ」と聞くのとでは、受け取られ方がまったく違う。聞き方一つをとっても、その人の歳の重ね方がにじみ出てしまうものだ。
昔、小籔(千豊)さんとご飯を食べていたとき、選挙権の話になった。小籔さんは、選挙権をもっと若く設定してもいいと言っていて、 俺は「中学生、高校生に政治の話なんかわからないですよ」と返答していた。
「じゃあ、二十歳になったらわかるんか? 同じやん」
そう正論をみぞおちに食らうと、俺は何も言い返せなかったけど、たしかにどうせわからないなら、もっと下の世代から政治に関心を持ってもらうよう工夫した方がいいなと思った。そして、小籔さんは、「本当に政治にかかわらすのであれば選挙権は30歳くらいにした方がいい」とも付言していた。
人間は30歳になるまで、自らの過去を悔いるような恥ずかしい言動を何度も何度も繰り返している。そうしてようやく30歳を過ぎたあたりから社会の一員になったような自覚を覚える。少なくてもここ日本においては、そうだと思う。
2022年4月1日から、成年年齢が20歳から18歳に引き下げられたけど、数字の話をしているだけで、たった二歳にどんな差があるというんだろう。 数字上じゃなくて、精神上で考えれば、30歳、いや35歳くらいにならないと大人の仲間入りなんてできないような気がする。70代、80代からすれば、35歳だって10代と変わらないかもしれない。歳を重ねるというのは尊い作業だ。
俺は、高校の卒業文集に「30歳になったら死ぬ」と書いたけど、大分、予定が変わってしまって、もう10年も安穏と生きている。そんなことを書いたのも、若気の至りで良かったし、もっと言えば生きていて良かったなと感じる。
もっともっと生きていっても、人間の本質ってのは、多分死ぬまで変わらない。でも、伝え方とか受け流し方とか聞き方とか、そういったものが月日によって積まれ、削られ、豊かな層を作り出していくんだと思う。核あるものは変わらないんだから、それを変えようとするのは違うんだろうな。自分の本質を否定せず、大人になっていかないといけないよね。
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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