人間は、一つ何かが変わると、がらっと見える景色が変わってしまう〈徳井健太の菩薩目線 第132回〉
“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第132回目は、あるイベントについて、独自の梵鐘を鳴らす――。
近所の商店街は、やたらとイベントを開催……しているような気がする。
『新宿という街は、やっぱりどうかしている。人間をむき出しにできる街』で触れたように、つい先日もやる気があるのかないのかわからないくじ引き大会を行っていた。
家からそう遠くない飲食店で飯を食っていると、会計時、「スタンプラリーをやっている」ということを教えてもらった。このときすでに終了4日前。「間に合うのかな」、「ルールはどうなってんのか」などなど不確定事項がたくさんあるものの、人間というのは不思議なもので、一つ何かが変わると、がらっと景色が変わってしまうことがある。
帰り際に押してもらったたった一つのスタンプ。帰りの道すがら、商店街の軒先には、さきほどまでまったく意にも止めなかった「スタンプラリー」の文字が踊り、残り4日でも「なんとかできるじゃないか」と、好奇心がむくむくと育ち始める。
今回はスタンプラリー。どうやら一つの店につき、一度しかスタンプは押されないらしい。7つ集めれば、ガラガラと回すタイプのくじ引きが3回できる。前回は、箱の中身に手を入れて引くタイプだったから、ちょっと違う。今まで行ったことのない店を訪れなければ、7つのスタンプは満たせそうにない。回遊率を上げて地元商店街にお金を落としてもらおう――そんな知恵を絞り出したのだとしたら、「たかがスタンプラリー」なんてバカにできない。
訪れたことのない薬局でマスクを購入し、二つ目のスタンプをゲット。ラーメンをすすって3つ目。りんご飴を食べて4つ目――。すっかり俺は、未探訪だった商店街を満喫し、ドラゴンボール集めに躍起になるブルマと化していた。彼女も途中から、「願い」なんてどうでもよくて、ゲームをクリアしていくような達成感に酔っていたんじゃないのかな、なんて思う。商品券か何かが当たることなんてどうでも良くて、「りんご飴、あんなに美味かったんだ。もっと前から行っておけばよかった」、そんなよくわからない悦すら感じ始めていた。
スタンプは残り2つ。期日は明日まで。ところが、この日は商店街が休みの日。ほとんどのお店がシャッターを閉める中、なんとか開いている店を見つけて、6個目を獲得。「このはちみつ、何に使うんだろう」。もう、ゲーム。最後は、必要のないハンコを購入して帰路についた。印章店で、最後のスタンプを押してもらいたかったのかもしれない。スタンプラリーは、ときに人を狂わす。
ギリギリ滑り込みセーフで、なんとか7つ集めたものの、イベント日は、そこから3週間後というからどうかしている。だったら、もうちょっと期間を延ばして、10個集めたら5回くじを引けるとかでもよかったんじゃないかと思う。だけどそれは、野暮なお話。しかも、5時間限定のくじ引きで、時間を過ぎれば強制撤収。死人に口なし。だけどそれも、野暮なお話。
イベント当日。午前中に仕事先の北海道から戻り、夕方にはまた仕事へ行かなければならない。スタンプを集めたからにはどうしても行きたい。俺は、間隙を縫うように、近所で開催されているイベント会場へと飛び込んだ。
着ぐるみのゆるキャラ、キャッキャッとはしゃぐ子どもたち。哀愁漂う黄昏のイベント、その隅に、手を叩きながら「くじ引きだよー!」と声をあげる4人組のシェンロンがいた。どっからどう見ても、願いなんて叶いそうになかった。
「ハズレ」――。3回とも。案の定。
願いは願うものであって、叶えるものじゃないのかもしれない。狐に化かされた気分でいると、「違うくじを引ける敗者復活がある」という。だけど、くじが外れたものを敗者と呼ぶのはいかれていると思ったし、ダメだったら違うくじを引けるというシステムも無茶苦茶だ。捨てる神あればイカれた神あり。
スタンプラリーに参加した20店舗ほどのお店が、スタンプを集めてくれた人に対して、謝意を込めた救済措置という設定らしく、各々の店舗で利用できるサービス券が当たるという。例えば、自転車店だったら電動自転車、ゲーム店ならDSが当たるといった具合。こっちの方が、「当たり」なんじゃないのか。
くじを引き、出た玉を見るや、周りがざわつき始めた。「当たりだ! 当たり!」、「え!? 当たりだって!?」。火事場を思わせるただならぬ雰囲気の中、俺はその界隈にある朝方まで営業する有名な居酒屋の「永久 鯛のかぶと煮券」を贈呈された。これからは、その店に行けばいつでも鯛のかぶと煮が食べられるらしい。「当たり」って何なんだろう。電動自転車の方が……。これを大当たりって叫べる大人が大勢いるエリアって、痺れるじゃないか。
手持ち無沙汰になるかもしれない「永久 鯛のかぶと煮券」。だったら――。
「徳井さんが、『腹が減ったら俺の名前を出して鯛のかぶと煮を食えばいい。出世払いとか関係なく、売れてない間はいつ食べてもいいから』って言いてくれて。その言葉がなければ、僕は食べていけなかったから芸人を辞めていたかもしれません。いつでも鯛のかぶと煮を食べることができたから、今の僕はあるんです」(ある後輩芸人の証言)
鯛のかぶと煮限定あしながおじさんにでもなろうかな。
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen
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