「低学歴国」日本がやっと話題になったが…【鈴木寛の「REIWA飛耳長目録」第15回】

 

 今年のゴールデンウィーク(GW)は3年ぶりに「日常」が戻ってきたようでした。もちろん海外旅行はまだ難しい。景気後退と物価高で財布の紐はそう緩められない--いわゆる「安・近・短」志向であるものの、それでも行楽地や都心部で人出は増えました。位置情報とビッグデータで人出の量をかなり正確に測れるようになりましたが、連休初日は東京駅や大阪駅の人流は4割増だったようです。

 GW真っ只中の2日、日本経済新聞で『「低学歴国」ニッポン 革新先導へ博士生かせ』 という記事が掲載されました。見出しは実に刺激的ですが、「成長に必要な人材の資質が変わったのに、改革を怠るうちに世界との差は開いた」と指摘した上で、我が国の博士号取得者数の低迷ぶりに警鐘を鳴らし、この30年で論文数は90年代の世界3位から2018年は10位に後退。産業競争力が落ちた要因の一つとして、人材高度化を怠ってきた日本の問題点をあぶりだしました。

 私などは十数年、こうした問題を指摘し続けてきました。しかし世の中ではメディアも含めてほとんど理解されてきませんでした。その背景として、日経も指摘するように、いまだ日本が「大学教育が普及し、教育水準が高い」という固定観念があるのでしょう。確かに2人に1人は大学には進学している。実際、国民における学部卒の比率は世界でもまだトップクラスです。

 私も日経も指摘しているのは学部を出た後もさらに学んで、産業動向の変化、科学の複雑化・高度化に対応できるようにしてこなかったという点です。学部卒が多い日本ですが、25歳以上の大学入学者は先進国では最低レベルのままです。いまのご時世、10年もすれば産業動向は激変します。それなのに必要な学び直しをするように社会が適合していないのです。文系も理系も関係ありません。文系だって統計やデータサイエンスを学ぶ必要が出ているわけです。

 海外に行くとわかりますが、官民問わずその国を代表する組織のトップは大学院卒が主流です。文系でもMBAを取っています。しかし日本は工業化時代の名残で実務主義のOJTによる人材育成が主流。学部卒で入社して20~30年かけて出世競争に勝ち上がる構造です。日本企業の時価総額トップ10の会社で社長が院卒なのは1人だけというのが象徴的な話です。

 かくいう私自身も学部卒なのは役所のキャリアパスも同様だったからです。私の20代、30代は実務経験だけでもやり方次第で知見を磨ける時代でしたが、国際会議で相手方のトップと渡り合ううちに、専門知識から哲学などの教養までその幅広い見識に何度も手強さを感じてきました。

 大手メディアの日経がようやく提起してくれた「低学歴」問題。ただSNSではその言葉尻を捉えて反発する人のほうが多かったようで、今から世界の時流に追いついていく難しさを痛切に感じます。(東大・慶応大教授)

東京大学・慶應義塾大学教授
鈴木寛

1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、1986年通商産業省に入省。

山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾を何度も通い、人材育成の重要性に目覚め、「すずかん」の名で親しまれた通産省在任中から大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰した。省内きってのIT政策通であったが、「IT充実」予算案が旧来型の公共事業予算にすり替えられるなど、官僚の限界を痛感。霞が関から大学教員に転身。慶應義塾大助教授時代は、徹夜で学生たちの相談に乗るなど熱血ぶりを発揮。現在の日本を支えるIT業界の実業家や社会起業家などを多数輩出する。

2012年4月、自身の原点である「人づくり」「社会づくり」にいっそう邁進するべく、一般社団法人社会創発塾を設立。社会起業家の育成に力を入れながら、2014年2月より、東京大学公共政策大学院教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授に同時就任、日本初の私立・国立大学のクロスアポイントメント。若い世代とともに、世代横断的な視野でより良い社会づくりを目指している。10月より文部科学省参与、2015年2月文部科学大臣補佐官を務める。また、大阪大学招聘教授(医学部・工学部)、中央大学客員教授、電通大学客員教授、福井大学客員教授、和歌山大学客員教授、日本サッカー協会理事、NPO法人日本教育再興連盟代表理事、独立行政法人日本スポーツ振興センター顧問、JASRAC理事などを務める。

日本でいち早く、アクティブ・ラーニングの導入を推進。