「僕らはそこから逃げられない」『流浪の月』李相日監督はいかにして広瀬すず、松坂桃李、横浜流星ら俳優陣と過酷な撮影に挑んだのか
ベストセラーの映画化でもオリジナルでも「映画にとってはどちらでもよいこと」
本作の原作は、2020年本屋大賞を受賞し、同年の年間ベストセラー1位(日販単行本フィクション部門、トーハン単行本文芸書部門)に輝いた凪良ゆうによる小説。監督が映画化したいと思う小説とは…?
「それが、自分でもよく分からないんですよ(笑)。今までの作品から傾向を分析していただくしかないかな(笑)。自分が撮ってきているものって、ジャンルがはっきりしないような気がしていて。まあ結局は、自分がぐっとくるかどうかですよね(笑)。あとは、気づきがあるかどうか。自分の知らない感情に出会いたいですから」
そんな李監督の読書スタイルは。
「本屋にはよく行きます。基本的には大抵、何かしら読んでますね。もちろん、撮影や準備で忙しくなるとそっちに集中しなければならないので、1つの作品を終えると溜まった本を読み始めます。読むのは、圧倒的に小説が多いですかね。国内海外の作家問わず読みます。むしろここ数年は海外作家のほうが多いかもしれない。現代作家だと、イアン・マキューアンとか好きですね。映画化もされていて(シアーシャ・ローナン主演映画『追想』、原作タイトル「初夜」など)とても興味深く読みました」
読書を楽しみながらも、描きたい何かを探している。
「まあ、これも半分仕事ですから(笑)。最初に読むときは、一般読者として作品を楽しんでいるつもりです。どこかしら映像化のイメージは浮かんでしまいますけどね。その作品の映画化を考えるとまではいかなくても、自分が描いてみたい瞬間というか…“ぐっとくる”瞬間を探してしまいます」
ときとして、邦画は人気原作の映画化ばかり…という声が聞かれることもあるなかで、オリジナルであってもベストセラーの映画化であっても“李相日作品”たる名画を生み出してきた。
「実はオリジナルか原作があるか、ということにこだわりはまったくないんです。もちろん、オリジナルは文字通りゼロからなので大変さはけた違いですが、完成した映画にとっては、それはどちらでもよいこと。おそらく“また原作ものの映画か”と言われることがよくあるというのは、その本が売れたからメディアミックスとして映像化しようというビジネス的な側面が感じられてしまうのかもしれない。純粋に、伝えたいことがある、その物語を映画として立ち上げたい作り手にとっては、原作があるか否か、有名な原作かどうかは別にこだわるところではないと思います。『流浪の月』も僕が読んで映画化したいと思ったのは本屋大賞を受賞する前で、これほどのベストセラーになる前でしたし。『悪人』や『怒り』で描いたものと近しいテーマでもあると思いますが“自分と違う価値観をすぐに否定する社会に対する不安や葛藤”という現代的なテーマを描きつつ、更紗と文の関係性はあまりにも純粋で寓話的ですらある。かえってそのアンバランスさに惹きつけられつつ、同時に映像化の難しさを感じていましたが、考えるうちに、現代社会のシビアさが現実として立ちはだかるからこそ、寓話にも近い2人の純粋性が生きるんだと気づいてからは、迷うことはなかったです」
“誘拐された少女”と“誘拐犯”という、社会が許すことのない“事実”と、更紗と文だけが知る“真実”。その違いに気づき、痛みに寄り添うことができるのか。静かに問われる。
(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)