錦見映理子「発酵の仕組みは人間関係と同じ」恋愛小説『恋愛の発酵と腐敗について』で新境地

箕輪麻紀子さんが描く喫茶店の女店主が印象的なカバー。装丁は名久井直子さん

恋愛は結局本能に振り回されているだけ?

 錦見さんにとって小説と短歌、それぞれの表現活動に違いはあるのだろうか。

「短歌と小説では作り方がまったく違います。私の場合、短歌は無意識の中から言葉を拾って、出来上がると“今、自分はこんなことを考えているんだな”というのが分かる。自分で自分を占っているようなイメージです。小説は他人が登場しますし、ストーリー性もあるので全然違う能力を使っています。だから小説はすごく考えて書きますけど、短歌を作る時はほとんど何も考えていないかも(笑)。短歌の技術はある程度自分の中に蓄積されているので、意識せずに作れるのかもしれません」

 近年、若者を中心に現代短歌がブームと言われているが、その背景にはSNSがあると錦見さんは指摘する。

「短歌は文字数が少ないのでSNSと相性がよく、パッと書いたものがリツイートされてバズるところが楽しいみたいで、SNSをきっかけに短歌を始める人が増えたんじゃないかと思います。ハッシュタグで投稿できる短歌のイベントもあって、SNS上で仲間を作ってみんなで詠み合うのも楽しい。私が短歌を始めた頃は、雑誌に掲載されても何の反応もなく知り合いもできない時代だったので、今や別世界ですよね。

 九州の書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)という出版社が、歌集を出版するレーベルを作ったことで、出版や流通もしやすくなりました。紀伊國屋書店新宿本店に詩歌に詳しい書店員さんがいらっしゃって、書店に歌集がある程度売れる実績ができたので、出版社が参入しやすくなったことも大きい。SNSで宣伝して売れる歌集もあって、若い人の歌集の数が飛躍的に増えましたね」

 とはいえ、このままブームとして短歌が消費されることには懸念もあるという。

「短歌は“型”があるので、どれも一見似ているうえに、好みだけで追求していくと人気のある現代歌人の文体によく似たものが量産される結果になりがちです。だからこそ、好みを越えてたくさん読んで個々の文体の違いが分かるようにならないと、自分の文体が作れません。ここ最近の短歌ブームで若い人が作っている短歌を読むと、何となくみんな似たものを読んでいる気配がするんですよね。その中で、自分のオリジナリティーを出せる人と出せない人がいて、どう自分の色を出すのかが一番難しい。若い人の歌集が増えれば増えるほど全体が似通ってきて、この状況が進むと短歌という表現が一体どうなるのかなとは感じています」

 最後に、次回作の構想について聞くと「女性同士の恋愛をがっつり書きたいと思っています」と錦見さん。

「女性同士の関係性を扱う小説はいろいろありますが、登場人物が若くて、思春期特有の純粋さや不安定さをテーマにしているものが多いイメージがあります。そうではなく、中年もしくは老年と言っていい年齢の女性同士が好きになるとどうなっていくかを書いてみたいんです。 

 正直言って恋愛っていまだに何なのかよく分からないんですけど、結局は本能というか体の要請に振り回されているだけで、なぜあんなに好きだと思い込んでいたのか今思い返すと全然わからないことも多い。女性の大きなライフイベントは結婚や出産と考えられているせいで男性との組み合わせになるのかなとも思います。今の日本の社会では女性はそうしたライフイベントに影響を受けやすく、思ってもみない人生を歩んでいく女友達をたくさん見てきました。自分の真の望みに従って選択すると本当はどんな人生になったのかを想像しながら、今度は同性と生きていく女性たちを掘り下げてみたいと考えています」

(TOKYO HEADLINE・後藤花絵)

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