左利きにスイッチしたテルミン奏者・竹内正実が追い続ける、音楽の美とその力。〈インタビュー〉

テルミンをロシアの人形マトリショーシカのなかに収めた『マトリョミン』

 帰国後は、ゴンチチやサザンオールスターズの関口和之らミュージシャンたちと音楽も創った。そのなかで、竹内が追求してきたのは「テルミンの美」だ。

 「テルミンっていろんなことができるんですよ。昔ジミー・ペイジがやったようなこともできるし、クラシック音楽のようなアプローチもできる。私がやりたかったのは何かといえば“美”なんです。当時、テルミンで“美”をやろうという人はいなかったですね。フロンティア精神ですからどこか反骨精神があるんですよ(笑)。それを29年間ずっとやっています。途中病気になったりもしましたが、音楽の美を求めているのは一貫しています」

  5年前、竹内は脳出血で倒れた。それもコンサートの最中に。リハビリに励んだものの右半身には麻痺が残り、「演奏家としてはもう復帰できない」と考えていたという。ただ、今年の年明けに「やはり自分の演奏をするしかない」と思い立ち、麻痺したままの利き手の右手と左手の役割をスイッチして、左利きのテルミン奏者として改めてスタートを切った。

  そのタイミングで巡ってきたのが先ほどの『鎌倉殿の13人』の話だ。

 「お話をいただいたのが今年の2月だったから左利きで始めてまだ1カ月といったところです。く理想の演奏できない中でしたが承諾の意思を伝えましたそして、演奏します返事をしてしまったものだから、逃げるわけにはいきません。それがいいスイッチになったのだと思います」

 
 再スタートからそろそろ1年が経とうとしているなかで、12月に東京と大阪でコンサートの開催することを決めた。「電子楽器テルミン 竹内正実復活のライブショー」と題したコンサートで、新たな竹内正実のテルミンを聴かせ、魅せる。

 「この3カ月のうち人前で演奏する機会が3回あったですが、これらはすべて12月のコンサートのことも見据えて舞台に立ちました。人前で演奏すれば恥もかきますし、不甲斐ない演奏だと自分自身がまいってしまう。ただ、このネガティブなモチベーションがないと、脳の再編のスイッチが入らないと思ってやっています」

 『脳の再編』というのは 東京大学大学院の中澤公孝教授が提唱していることで、パラリンピアン(=パラリンピック競技大会に出場経験のある選手、元選手の総称)を調査したところ自身の障がいを補うために脳の再編が起きていたという。竹内もその『脳の再編』の検証プロジェクトに参加しているのだという。

 「残念ながら麻痺は良くなっていないのですが、麻痺した右手でもテルミンの音量を変えることができるようになりました。体の使い方を工夫してできるようになっていると思います。繊細な制御が必要なテルミンを、右半身が麻痺した状態で弾けるわけがない、それをまた覆したいんですよね」

  今は、新しい音楽と向き合っている感覚だという。

 「違う腕なので以前と同じ音は鳴らせません。同じ曲を演奏して、こんな楽曲ではなかった思ってばかりです。自分の中に先生がいてその先生の指示に沿ってやっている感じです。それを心から楽しんでいるとはまだ言えないですが……」

 12月のコンサートではその“フロンティア”を体感できそう。

 「かつての自分の演奏ほどの美しさはないかもしれないです、先ほど話したようにテルミンは人間臭い楽器ですから、その美に近づきたいと思って演奏しているというアプローチは聴いてもらったらわかると思います。いったんゼロに戻ったというか、奈落まで落ちてしまった人が這いがって来ている過程をぜひ観てほしい。そして、きっとまた1年後に違っていると思います」

  最後に、竹内が考える美、追求する美とは何かをぶつけた。

 「自分が最初にテルミンを聴いたときに感じた転換ということですね。例えば、宗教曲、キリストさまやマリアさまのような曲がありますよね。それを聴いたときに、俺は浄土真宗だけどキリスト教に転んじゃおうって思いたくなる、そういうエモーション(笑)。聴いた人の心のなかにある大事なものが変わってしまう、そういうことが起きるのが“美”というものの力じゃないかと思うんです。だから、今度のコンサートでも、1991年とか1992年頃の僕のような人がひとりでもいてくれたらと思います。この音は自分にフィットするな、そう感じてくださる人がいたらとてもうれしいですね

(TOKYO HEADLINE・酒井紫野)