世界五大陸94カ国制覇!旅行作家・歩りえこが “ブラを捨てて” バックパック旅に出たわけ
20代でバックパッカーとして世界五大陸94カ国を制覇し、現在は旅行作家や女優として活動する歩りえこ。代表作『ブラを捨て旅に出よう』(講談社文庫)は水原希子主演のhuluオリジナル番組の原案になり、30代で台湾人男性と国際結婚・出産・離婚を経験。40歳で出版した初のヘアヌード写真集『スフィア』(講談社)も大きな話題を呼んだ。新たな挑戦を続ける歩に、これまでの歩みとこれから挑戦したいことを聞いた。(全2回のうち第1回/後編に続く)
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歩さんといえば『ブラを捨て旅に出よう』ですが、初めての海外旅行はいつ頃ですか?
歩りえこ(以下、歩)「初めて海外旅行に行ったのは19歳の頃です。チアリーディングの大会で米フロリダ州に行ったのですが、前から歩いてきた3人の女性がノーブラで、堂々としていて全然エロくない姿に “カッコいい!” と強い感銘を受け、私も “こんなふうに自由に生きたいな” と思って一人で海外を旅するようになりました。最初は学校の休みを利用していたんですけど、もっと長期で滞在したいと思い、大学卒業後にニューヨークへ向かってバックパックでの世界一周が始まりました。
実は両親が長期の海外旅行を許してくれず、語学留学という体で出発して3カ月ほどアメリカに滞在し、 “そのまま旅を続けます” と説明して強行突破。当時、婚約していた彼もいたんですけど、いくら待っても帰ってこないし、だんだんディープな地域に向かうので彼が発狂し出して(笑)。 “精神的に耐えられないから一回別れよう” と言われてお別れしました。帰国後に復縁したのですが、若いうちに結婚しようとしていた自分から180度価値観が変わってしまい、最終的にはその方とは結婚しませんでしたね」
その後、旅するアイドル=旅ドルとしてメディアに登場し、デビュー作『ブラを捨て旅に出よう』を書き上げます。
歩「芸能界入りのきっかけはスカウトで、グラビアを中心に活動する事務所に所属しました。社長から “あなたは世界を見てきたのだから、本も出せるし、新聞や雑誌で連載を持つこともできる” と言われ、リエコ・J・パッカーという芸名でデビューしたんです。実はその名前があまり気に入ってなくて、途中で歩りえこに改名したんですけど(笑)。そんな感じでグラビアの仕事をやりつつ、並行して執筆活動をスタートしました。
さまざまな媒体で連載した原稿が溜まってきて、出版社に持ち込んだのがきっかけで『ブラを捨て旅に出よう』を出版することに。私は動いている場所でないと原稿が書けず、主に空港や電車にパソコンを持ち込んで執筆しました。当時は紀行本自体が少なくて、普通の女の子が旅をする本そのものが珍しかったと思います」
バックパックを背負い、当時150万円で世界を巡る旅には日本では考えられないような出来事も?
歩「行き当たりばったりの旅をしていたので、その分危機一髪の事件に遭遇する経験も多かったですね。たとえば、イエメンでは目以外すべて伝統衣装のアバヤで覆い隠していたのに、30人から同時多発痴漢されたり(笑)。ペルーのマチュピチュ遺跡近くの村で急に土砂崩れが起きたり、アルゼンチンで首絞め強盗に殺されかけたり。とはいえ、予想外のことが起きるのは意外と楽しくて、 “いいネタがゲットできたな” と思っちゃうのですが。
旅に行くと、問題にぶち当たった時にどう対処するのか、その人ごとの違いが如実に現れます。人の力を借りたり行政の力を借りたり、いろいろあったけれど結局は何とかなって、出発して1年過ぎたあたりから “何とでもなるもんだな” と思えてきました。
突然泊まっていた宿で火事が起きたりするので、ダニに食われたとか小さなことはそもそも気にならなくなりますよね(笑)。何か起きても “現地人と同じ行動をしていればいいや” と考え、貴重品を持ってみんなが逃げている方向に走るとか、それだけやっていれば大事には至らないことが分かって、そこからは何があっても “どんとこい!” という感じになりました」