「ほどほどに」とか「ちょうどいい」とか、そういうことがわかってくると、快適な時間って増える〈徳井健太の菩薩目線 第161回〉

徳井健太

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第161回目は、満腹について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 

“まんぷく”という感覚がよくわからなかった。

 奥さんは、「まんぷくと睡眠不足と金欠は恐怖だ」という。

 私徳井健太は、メシというのは DEAD OR ALIVEだと思っている。「美味いか不味いか」という話ではない。ゼロか100。「空腹」か(これ以上食べられないというくらいまで)「腹に詰め込む」かという意味での DEAD OR ALIVE。「腹八分」という意味がまったく理解できなかった。そういう発想がないのだ。まだ食べられるのに、箸を置くということを考えたことがなかった。

 だから、食わないことも平気だ。水分さえ摂取できれば、丸1日、何も食べなくても我慢できる。その代わり食べるときはたらふく食べる。

 飲食店に行けば、片っ端から食べたいものを頼んで、「もう食えない」ってところまで食べ続ける。バイキングへ行けば、下見もせずに食べたいものが目の前に現れたら、配置など考えずにどんどんと乗せていく。鍋を食べれば、食べたいか否かの感情なんかないまま、とりあえず最後は〆の麺を注文していた。そういうものだと思っていた。

 なんでそうなったんだろう。

 少し考えてみると、ヤングケアラー時代にあまりメシを食うことができなかったから、メシがあるときにたらふく腹に詰め込んでおく――そんな行動が頭にも体にもこびりついてしまったのかもしれない。一度癖になったものは死ぬまでつきまとう。よほどのことがない限り、修正したり改善したりすることはない。 

 つい先日、まんぷくが3大恐怖の一つである奥さんから、「あんまり言いたくないんだけど、私は食べるのが嫌なんだ」と言われた。考えたことがなかった。宗教に入信しているのに「神様なんかいない」――。そう告げられるような一言だった。

 ゆっくり食べてみて、自分がどれぐらいでお腹がいっぱいになるのかやってみた。

 驚いた。今まで食べていた半分ぐらいで、お腹がいっぱいになるじゃないか。それどころか食事の後にだるくならず、快適な時間を過ごすことができた。体重だって落ちてきた。新しい神様を見つけた気分だった。

 今まで自分がメシを食った後に出てくる感想といえば、「もう無理」とか「苦しい」ばかりだった。食べる前はあんなに楽しみにしていたのに、食べた後はいつも苦しみに変わっている。A5ランクの牛のように、食わされるが如く食べていた。いつか出荷されると思っていたのかもしれない。 

 ゆっくり食べるようになって一か月くらいが経っただろうか。居酒屋へ行くと、すっかり2~3品からスタートすることが定着化してきた。それらを完食すると、自分たちの腹と相談しながら何を食べたいか吟味して、追加注文をするようになった。メシから食事へ。“〆の〇〇”の意味もようやくわかってきた。どうしてわざわざ「〆る」なんて言葉を使っていたのか不思議だったけど、 42年間生きてきて、初めて「ああ、〆るってこういうことか」と理解できた。ご飯を食べるって、こんなに楽しいことだったんだね。

 ゼロか100 か。無意識で極端な選択を取る40年だったと思う。

 昔、相方である吉村から「何のネタをやるかは徳井が決めてね」と言われたことがあった。任せられた気分になった俺はうれしかった。1日3ステージあるような現場では、自分たちのモチベーションが下がらないように、いつもあれこれ入れ替えてネタを選んでいた。

 3年間ぐらい続いたある日、吉村が「疲れたから今日は鶴でいいでしょ」と言ってきた。それを聞いた俺は、ネタ選びに関して考えることをやめた。決めてねって言ったのに。以来、俺たちは鶴しかやらなくなった。  

 今だったらこう思える。極端な選択は、相談すればすべて解決できただけの話じゃないかと。相談を放棄してきた人生。だから、「ちょうどいい」がわからなかった。

「ほどほどに」とか「ちょうどいい」とか、そういうことがわかってくると、快適な時間が増える。ご飯をゆっくりと噛みしめながら食べるだけで、「ちょうどいい」がわかる。つまりそれって、あらゆることにも言えることなんじゃないか。ゆっくりと噛みしめるようにやってみる。そうすると、きっとすべての「ちょうどいい」がわかってきて、快適な時間が増えるんじゃないだろうか。

【プロフィル】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
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