POP思想家水野しず、初論考集に「このシステマティックなおぞましさに打ち勝てるのは “親切”」
POP思想家でイラストレーターの水野しずが7日、都内で初論考集『親切人間論』(講談社)発売記念記者会見を行った。
待望の論考集を出版した感想を「タイトルにもある通り “親切な本“ というのがコンセプトですが、すごくフレッシュな、私の心をそのまま果汁100%絞ったような気持ちが “親切にしたい” というところなので、それをいろんな手を尽くして形にできたかなという達成感。(読者に)ちゃんと届けないといけないので、その意味ではまだ達成してないんですけど、真正面から親切なものを届けたいという気持ちに対し、ひとつ達成はできたかなというところはあります」と水野。
〈本は全部読まなくてOK〉から始まり、 “なぜダイエットをするのか” “誰もが理解できる文章の書き方” “かたづけとは何なのか” といった誰にとっても身近な問題を真剣に考え抜いたという本書。ブックデザイナーの祖父江慎が手がけた規格外の装丁も見どころとなっている。
どのように読んでほしいかという問いに、水野は「今、話題になっているものとかちょっとバズってるもの、ネットで話を聞いたもの。そういう身の回りにある話題や流行が1週間くらいでどんどん自分の中を通過していく。自分と世の中を話題性のようなものでひも付け、何とか今の時代がどういう時代なのかを測ろうとしていると思うんです」と言及。
「何で私は本を読むんだろう、何でダイエットするんだろう、何で部屋は片付かないんだろう。家の外に出ると “『エブエブ』が流行っているから見に行かなきゃ” みたいな気持ちになって焦燥感を掻き立てられ、何かしなきゃという気持ちだけは積もっていくのに、どうやって生きていったらいいのか、何のために行動しているのか分からない、手触りが失われている部分がある。
すごくやらされてる感みたいなものがあって、そのやらされてる感の中で “ミニマリストにならなきゃいけない” とか、本当は1回も考えたことのないことを焦って考えなきゃいけないような気分になることがあると思うんですけど、その前にもうちょっとシンプルに考えたほうがいいことがあるんじゃないか」とたたみかける。
そのうえで読者に「当たり前になっちゃっていたけど、考えてなかったなというところにびっくりしてもらいたい。たとえば〈本は全部読まなくてOK〉とか言うと大体怒られるから、生きていても、家族や親しい友達でもなかなか “真実” は言ってもらえない。そんな真実を書くにあたって、本を読んでもちょっと刺激があったくらいだと、恒常性に導かれて元のリズムに戻っていっちゃうと思うので、読んでいる人の恒常性をある部分で破壊してしまえるような沸点を持つことを心がけて書いています」と呼びかけた。
途中、自分の持つ言葉が伝わらないという危惧から “記者会見酔い” で中断する場面も挟みつつ、一つひとつの質問に誠実に答えた水野。
タイトルの『親切人間論』に込めた思いを「皆さんにとってそうであるように、自分にとっても親切って当たり前なんですけど、世の中にとっては親切って当たり前じゃない。今、世の中は詐欺が流行っているなと思っていて、それも法律的には何の問題もないし、何なら倫理的にも何の問題もないんだけど、よく考えたら人の道を外れているんじゃないかという行いがルーティンになって社会の中に組み込まれている。
その網の目を何とか掻い潜って、今日・明日・明後日と数珠つなぎにするようにして自分の意識をつないでいく。自分の中で何か目的を作って、回収していく生き方を強いられていると思うんです。それはすごくおかしいことだと思うし、そんなものの範囲の中だけで生きていくことは全然ない。そういう力学に対抗できるものは何かとすごく真剣に考えた結果、たどり着いたのが “親切” だった。このシステマティックなおぞましさに打ち勝てるものは親切しかないんじゃないかと胸を打たれ、一番の親切を伝えたいという気持ちで書きました」と訴えた。