【書評】「私の中のくもをさがす」高橋久美子、西加奈子の新刊『くもをさがす』を読む

西加奈子『くもをさがす』(河出書房新社)書影

 子育て、猫のエキの病気の治療、まず病院との意思疎通が思うようにいかないこと……治療の前に、生活(しかも異国での)があることを思い知る。当たり前のことなのに、生きるって、そもそもがなんて大変なんだろう。そんな西さんを支えてくれたドクターやナースが一人の人間として書かれていることにとても惹かれた。これも当たり前のことだけれど、ドクターにもナースにも一人ひとり名前があり人生がある。そして、小説に思えてくるほどに濃いそれぞれの性格も。うわあ、日本とこんなに違うのかと腰を抜かしそうになるのに、どんなピンチでも会話が全て関西弁で書かれているから笑ってしまう。ピンチであればあるほどに(西さんごめん)。流石やなあと思ったのだった。

 弱った西さんをサポートしてくれたカナダのたくさんの友人や、医療従事者や家族や先祖。それぞれの生き様や願いが、交差しあいながらその結び目は網のように広がって互いをつなぎとめる。カナダと日本の違い、環境問題のこと、戦争、様々な時代を生きる女性たち、マイノリティー、マジョリティー……困難により開かれた新しい目が、西さんに本当の自分自身を取り戻させていく。私の想像した闘病記を遥かに越え、この本は私の見失ってしまった、いえ、一旦考えるのをやめていたことをゆっくりと掘り起こしてくれた。それは奥底に埋まっていた愛だ。他人を、自分を愛するということ。そして、私たちには泣く権利があるし怒る権利があるということ。“当たり前” から自分をべりべり引き剥がされ、私は体温を取り戻していった。丸裸の弱い自分を強く抱きしめてもらった気持ちだ。この優しさを困難な状況の誰かに送りたいと思った。西さん、書いてくれてありがとうございます。お会いできたら、まずハグをしたいです。

〈評者〉高橋久美子
作家・作詞家。1982年愛媛県生まれ。音楽活動を経て文筆家として活動。主な作品に小説集『ぐるり』、エッセイ集『その農地、私が買います』、『旅を栖とす』、『一生のお願い』、近著に『暮らしっく』がある。アーティストへの作詞提供曲も多数。現在、東京と愛媛の二拠点生活を行い愛媛では農業をする。STORES「チガヤ農作物店」では農作物の販売も。