「先生」ではなく「〇〇先生」と名前で呼んでいますでしょうか? 名前で呼ぶと可能性が広がる〈徳井健太の菩薩目線 第175回〉

平成ノブシコブシ 徳井健太

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第177回目は、名前を呼ぶことについて、独自の梵鐘を鳴らす――。

 私、徳井健太が出演させていただいている『楽しく学ぶ! 世界動画ニュース』が、10月からゴールデンに進出することが決まりました。皆さま、本当にありがとうございます。

 当コラムでもたびたび触れているように、この番組のスタッフさんの熱意にはいつも感化されるし、自分にとってターニングポイントになるだろうと思っている番組なので、引き続き全身全霊で臨みたいと思っています。

 ホントに、いろいろなことを気が付かせてくれる番組なんです。つい先日も、宅配便を届ける配達員の人が引退するというアメリカの動画を見ていて、「ん?」と思ったことがある。その地域で長年働いていたということもあり、配達員の引退を町中で盛大に送り出そう――簡単に要約すると、動画はこのような内容だった。

 日本でもヤクルトを届けてくれたり、ゴミ置き場を掃除してくれたりする人がいる。だけど、その人が引退をするかなんて気にしたことはない。なのに、どうしてアメリカは、町を上げて謝意を伝えるようなことが起きるのか?

 そのことをVTR明けに話すと、番組共演者の堤伸輔さんが、「アメリカの人は必ずファーストネームを呼ぶ」と教えてくれた。たとえばあいさつをするにしても、「heyボブ、こんにちは」という具合に。

 堤さんは、出会った人の名前をすべて覚えるという。小峠さんのマネージャーさんの名前もきちんと名前で呼んでいるので、前から気にはなっていた。「たくさんの人に出会ってきたと思うのですが、どうやって覚えているんですか?」と尋ねると、堤さんは「努力です」と簡潔に説明してくれた。紙に書いて、一人ひとり覚えていくそうだ。これを努力と言わずして何と言う。

 では、日本はどうだろう? 「こんにちは」とか「お疲れ様です」だけで終わることがほとんどで、名前を付けるにしても、名字が一般的だろう。なんだったら、「先生、こんにちは」、「マスター、ありがとう」というように代名詞でくくってやりくりするなんてこともある。言われてみれば、校長先生の名前なんて覚えていない。担任の先生の名前は覚えているのに、校長先生の名前は思い出せない。そりゃそうだ、先生たちも校長先生のことを「校長(先生)」と読んでいたんだから。

 かくいう自分も、名前を呼ぶという当たり前のことから逃げてきたように思う。それこそ歯医者に行けば「先生」と呼ぶし、居酒屋に行けば「大将」と都合よく呼んでいた。でも、堤さんの話を聞いて、名前で呼んだほうがいいよねと納得してしまった。

 ヤクルトを配達している人に対して、「ヤクルトのおばさん、いつもありがとう」と伝えるのと、「〇〇さん、いつもヤクルトありがとう」と伝えるのではまったく違う。名前をつけるだけで、その人個人を尊重することができる。自分だって、「お笑い芸人って面白いよね」ってひとくくりで言われるよりも、「お笑い芸人の徳井さんて面白いよね」と単独で言われたほうがうれしいに決まっている。

 名前は、個人にフォーカスを当てる。より親しみが沸くし、親しみが生まれると可能性が広がる。そう分かってはいるのだけれど、今更名前を聞けない人たちもいるから、頭を抱えている。

 そのことを当コラムの担当編集A氏に話したところ、「それで成立しているから芸人の世界は異様だし、ある種のあこがれがある。自分たちの業界では、名前を覚えていないことはデメリットしかない」と言われた。たしかにそうかもしれない。思い出せなくても何とかなってしまうから、名前を覚えることから逃げてきたんだろうな。

 でも、俺も「heyボブ」なんて呼んでみたい。名前を大切にすることに温度感を感じたい。

 奥さんの友人にアメリカ人の方がいる。その人と話をしたとき、「アメリカって日本以上に国籍や性別、年齢などを聞きづらいじゃないですか。だとしたら、皆さんは何を話すんですか?」と聞いたことがある。前情報がなければ、上っ面の話ばかりになってしまいそうだ。

 すると、その人は、

「自分から言いますね。私のルーツはどこどこにあって、自分はこういうキャラクターですみたいに。徳井さんが言うように、自分から言わないとしゃべることがない」

 と笑っていた。自分語りとはワケが違う。アメリカでは、自らをさらけ出すことできっかけを作るという。

 そう考えると、日本は自分をさらけ出すことに対して、まだまだ遅れているんだなぁと思う。さらけ出すこと、そして、そのさらけ出しに対する寛容さがあるからこその「heyボブ」であり、リスペクトなのだとしたら――。ただやみくもに欧米からのカルチャーやトレンドを日本の社会に唱えていくのは、どこかで齟齬が生まれてしまうのは、当然なのかもしれない。

【プロフィル】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
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