「本当の息苦しさも知らない癖に」主人公の心の声が突き刺さる『ハンチバック』
市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋)書影
遺伝性の筋疾患により、右肺を押し潰すように背骨が極度に湾曲した主人公の井沢釈華。両親が遺したグループホームの十畳ほどの部屋で、コタツ記事ライターとして風俗体験記を書いてはバイト代を寄付し、SNSで〈妊娠と中絶がしてみたい〉などと呟く日々。ある日、ヘルパーの男に個人アカウントを特定され……。
自身も先天性ミオパチーを患う著者のデビュー作。 “<head>” で始まる出だしから一気に読ませ、自らを〈ハンチバック(せむし)の怪物〉と称す主人公の
〈息苦しい世の中になった、というヤフコメ民や文化人の嘆きを目にするたび私は「本当の息苦しさも知らない癖に」と思う〉
〈私は紙の本を憎んでいた。目が見えること、本が持てること、ページがめくれること、読書姿勢が保てること、書店へ自由に買いに行けること、——5つの健常性を満たすことを要求する読書文化のマチズモを憎んでいた〉
〈生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく〉
という心の声が突き刺さる。第128回文學界新人賞、第169回芥川賞受賞。