俳優・別所哲也が“紳士の中の紳士”である理由「ゴール設定はしない。毎日がスタートライン」
東京を代表する名劇場“帝劇”こと帝国劇場が2025年に建て替えのため休館。2024年は現劇場でのクライマックスを飾る注目作品が続々と上演される。『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』など帝劇の代表作に出演してきた、いわば名作ミュージカルの“顔”でもある俳優・別所哲也が、その記念すべき年に挑むのは超人気コミックのミュージカル作品『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』(2月6日より公演)。主人公“ジョジョ”の父親ジョースター卿を演じる別所の“紳士道”とは。
「海外でインタビューを受けて漫画の話になったとき“ジョジョ”は必ず出てきましたね」と振り返る別所哲也。
「以前にシンガポールのエリック・クー監督が、日本の“劇画の父”辰巳ヨシヒロさんの原作をアニメーション映画化したカンヌ出品作品(『TATSUMI マンガに革命を起こした男』2011年)で1人6役で声優を務めたことがあるのですが、その作品で海外のメディアから取材を受けたときも、宮﨑駿監督作や『ONE PIECE』などと並んで名前が出てくる。もともと人気の作品であることは知っていましたが、海外にもここまで熱狂的なファンを持っているんだと、改めて実感したことを覚えています」
それだけに「あの“ジョジョ”がまさかのミュージカル」「帝劇で“ジョジョ”!?」と多くの人を驚かせた“ジョジョの帝劇ミュージカル化”にも「ついに“ジョジョ”が来たか!と思いましたね」と別所。
「近年、帝劇は『千と千尋の神隠し』など、海外からも注目されるような挑戦を成功させていますから、いよいよ“ジョジョ”が来たな、と。今回描かれるのは、あの壮大な世界の発端となる物語。しかも僕が演じるジョースター卿は、“ジョジョ”の人間形成や、宿敵ディオとの確執に関わる、ある意味すべての“発端”ですから(笑)。この役を僕にと言って頂けたのは本当に光栄です」
製作チームいわくジョースター卿役は別所しかいないとオファー。帝劇はもちろん数々のミュージカルの経験に加え、別所がかもす“紳士”ぶりも決め手だったとか。
「どうなんでしょうね、実際は5番目くらいの候補だったかも…(笑)」
『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン、『ミス・サイゴン』のエンジニア、『マイ・フェア・レディ』の ヒギンズ教授など、数々の名作ミュージカルでメインの役どころを歴任してきたが、実は別所とミュージカルの出会いは「大学生のとき」だと言う。
「初めてミュージカルを生の舞台で見たのは東京に出て来てから。それまで自分がミュージカルに出るなんて考えたこともありませんでしたね。高校自体はバレーボールをやっていてバリバリの体育会系でしたし(笑)。大学生のときに英語劇をやっていたのがきっかけで『The Fantasticks』を見に行ったのが最初だったと思います。自分もこういう舞台をやってみたいなと思い、ミュージカルの舞台にハマっていったという感じでした。それまで歌も踊りもやったことがなかったんですが(笑)」
「見る側も演じる側も圧倒的な魔法にかかる」のがミュージカルの醍醐味だと語る。
「物語、歌、音楽、ダンス…舞台芸術の魅力が結集しているのがミュージカルじゃないかな、と思います。演じる側としても、気持ちを音楽にのせて届けられるというのは総合芸術としてもやりがいがあります。確かに難易度は高いと思います。歌に芝居、さらにはミュージカルならではの決めごとも多い。それでいて、縛られずどこまで表現できるか挑まなければなりませんから」
現在、2.5次元や今回の“ジョジョ”のような漫画原作のミュージカルが、若い俳優の挑戦の場にもなっており、若いファン層も生んでいる。様式美ともいえる名作舞台に立ってきた別所からは、どのように見えているのだろうか。
「これまで僕らは、アメリカのブロードウェイやイギリスのウェストエンドから来た『レ・ミゼラブル』のような作品を、どう日本の観客に伝えるかという部分でクリエイティブなアプローチを模索し、親子三世代、四世代に見ていただいてきました。一方、現在、若い世代を中心に人気を博している漫画原作の舞台などは、初舞台化のものも多くて、自分たちがゼロから作り上げていかなければならないという部分がチャレンジになると思います。そこに参加するにあたり僕らのような経験者が胡坐をかくことなく、これまでミュージカル界が築いてきた土台をチームのために役立てながらも、若い俳優さんたちから僕らが教えを乞うことも多いと思います」
さすが“紳士の中の紳士”!
「ジョースター卿ですから(笑)。でも当たり前のことですけど“相手ファースト”は紳士の基本かもしれません。自分ではなくまず相手を思いやる。それは武士道にも通じるように思います。僕も守りたい“紳士の教え”ですね」
若い人からも学びたいという別所の姿勢は、新しいものに対する好奇心にも現れている。
「世の中には常に現在進行形で面白いことがいっぱいありますから。興味が尽きることはないんじゃないかな(笑)。長年、ラジオ番組もやらせてもらっていますが毎日新しい出会いがあるのも刺激になっていますし。先日、あるお医者様がおっしゃっていた話なんですが、人間って、ゴール設定をするより毎日、新しいスタートラインに立っているという気持ちのほうが長生きするらしいですよ。普通、何歳で定年して…とか、今は人生の第4コーナーを回ったとか考えるじゃないですか。それを聞いて僕もハッとしてしまって。確かに、ゴール設定をするとゴールを目指してしまう。新しいスタートラインに立って何かに向かって走っていると思った方が、新たな出会いも、より楽しめるのかもしれません。どうせ人間、生きていれば周りから勝手にゴール設定を押し付けられるわけですから。自分の気持ちくらいは自由でありたいですね。だから僕も“何歳で終い仕度をする”ということは考えず、いろいろなことに興味を持って、やりたいことは全部始めてみようと思っています。できるかぎり取っ散らかって死んでやろうくらいの気持ちで(笑)」
革新に向き合うことで、伝統の重みや自分の立ち位置を改めて知ることができる、と別所。
「最近、20世紀の文化の再検証や、様式美が見直されたりしていますし、この多様性の時代でも僕らが積み上げてきたものの多くが受け継がれていくと思います。そしてそれがまた、新しい時代の紳士道になっていくんじゃないでしょうか」
別所のもとにも、すでに期待の声が続々届いているという。
「“ジョジョ”ファンには絶対に見てほしい舞台になるはずですし、帝劇で数々の名作ミュージカルを見てきたファンのみなさんは新たな扉を開けることになるのでは。特に本作は製作陣もグローバルでボーダレスな布陣。しかも海外の人にも人気の“ジョジョ”ですから、大きな遠心力を持つ作品だと思います。韓国ミュージカルのように世界のお客様が、日本の漫画原作のミュージカルを日本に見に来てくれるよう、最高のクオリティでお届けしたいと思っています」
帝国劇場 ミュージカル『ジョジョの奇妙な冒険 ファントムブラッド』は2024年2月6日から28日まで日比谷・帝国劇場にて公演。
(TOKYO HEADLINE・秋吉布由子)
©荒木飛呂彦/集英社