奈良市の「新・南都八景」で、“あのとき気付かなかった歴史の面白さ”と再会する

8世紀の奈良は、すでにコスモポリタンだった!?

 奈良がシルクロードの終着点であったことを示すだろう国宝が、八景の一つ薬師寺にある。薬師寺は、680年に天武天皇が皇后の病気平癒を祈願して建立し、718年に現在の地に移された。


薬師寺。国宝の東塔と金堂

 薬師寺にも、国宝・薬師三尊像をはじめ数々の国宝が存在するが、薬師如来が座る台座(国宝・薬師如来台座)にこそ着目してほしい。幾段にもなる台座には、意匠をこらしたデザインが施され、ギリシャ由来の葡萄唐草文様、ペルシャの蓮華文様が描かれている。さらには、インドの力神、中国の四方四神( 東=青龍・南=朱雀・西=白虎・北=玄武)が表現されている。ギリシャ、ペルシャ、インド(ガンダーラ)、中国、そして奈良。古代ギリシャの影響が、ペルシャやアラビアを経て、ユーラシア大陸の東の果てである奈良まで運ばれてきたと想像すると、この地に先人たちの願いや知恵が宿っていることが分かるだろう。

 2016年には、奈良文化財研究所の調査によって、奈良市の平城宮跡で出土した「天平神護元年」(765年)と記された木簡に、「破斯清通」というペルシャ人の役人とみられる名前があったことが報告されている。奈良時代、この一帯には、唐の人々、ペルシャの人々、インド(ガンダーラ)の人々が行き交っていた可能性だってある。奈良市は、コスモポリタンにしてダイバーシティな先進的な都だったのかもしれない。

 それでいて、奈良市は自然とも調和する都でもあった。

 昔から現在にいたるまで、伐採や災害などによって破壊されず、人の手も加えられてない自然の森林のことを、原始林(原生林)という。日本では、白神山地や屋久島など、街から遠く離れた場所にあることが一般的だが、奈良公園内にある春日大社の隣に位置する春日山原始林は、そうではない。

「近鉄奈良駅、JR奈良駅からも見ることができます。また、日本に限っていえば、県庁所在地に原始林がある唯一の場所でもあります。 奈良は世界でも稀な場所です」

 


都市部に原始林まである。奈良市、恐るべし

 

人間と大型哺乳類が共存する世界で唯一の場所

 そう話すのは、春日大社・広報課長の秋田真吾さん。古来から、寺社の信仰に基づいて今日まで形成されているからこそ、目と鼻の先にある原始林も手つかずのまま。春日大社を歩くと、あちこちで神の使いである鹿に遭遇するが、この景色は1300年前から変わらなかったのだろう。

「鹿(ニホンジカ)は大型の哺乳類ですが、人間と大型の哺乳類が共存している場所も、世界でここだけです」と秋田さんが説明するように、調和が根付く場所だからこそ、今でも鹿と人が溶け合う。知らないことだらけ。訪れる度に、奈良の奥深さに驚く。

 春日大社は、768年に創建され、皇室、貴族、武士からの崇敬を受けて繁栄した。全国およそ3000社の春日神社の総本社であり、朱塗りの社殿が鎮座する様は美しい。


春日大社ご本殿(大宮)。段差が美しさを一層引き立てる


いたるところに鹿が……

 境内は、古代から神域とされた御蓋山一帯に広がるため、「段差」が生じる。高低差が生み出す景観美は、『ブラタモリ』(NHK)で訪れたタモリが、「段差の聖地」と大興奮したほどだ。下から見上げる大宮(中門)をはじめ、高低差に注目しながら散策すると、より立体的に春日大社を堪能できるはず。

 また、辰年の今年、春日大社内で訪れておきたい場所が、「金龍神社」だ。開運財運を守る神様で、あの後醍醐天皇も立ち寄ったスポットだという。

「春日山は平城宮跡の水がめでした。水の信仰も強く、農耕の神様などもまつられているのですが、春日大社は龍神信仰が強いお社でもあります。境内には、龍神信仰にかかわる5つのお社があります。中でも、金龍神社は昔から有名で、鎌倉時代に後醍醐天皇が吉野へ落ちのびる際、こちらに立ち寄り、宮中にあった鏡を奉納したという言い伝えが残っています。その鏡は、春日大社の国宝殿に重要文化財として収蔵されています」(秋田さん)


春日大社に行くなら、金龍神社も忘れずに

 春日大社から奈良公園内でつながっているのが東大寺。道路を隔てて向かい合っているのが興福寺だ。前者は大仏殿、正倉院、二月堂など。後者は、五重塔、阿修羅像を含む国宝館など、説明不要の見どころが並ぶ。奈良公園一帯に、これほどまでに圧巻かつ驚愕の文化が連なっている。「どうしてあのとき、この面白さとすごさに気が付かなかったんだろう」。きっと多くの人が、そんなことを思いながら散策するに違いない。