すべてのことは必ず反転を繰り返す――。キルケゴールの思想は、芸人の世界にも当てはまることを、吉本大コンプラ会議で思い知る!〈徳井健太の菩薩目線 第207回〉

平成ノブシコブシ・徳井健太

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第207回目は、時代と芸人観について、独自の梵鐘を鳴らす――。

 皆さんもニュースなどで知っているかもしれませんが、先日、吉本興業がコンプラについて考える研修を行いました。

 昨今は、タレントの社会的責任が高まっているので、こういったことを僕たち芸人も学んでいかなければいけない――ということで実施したのですが、平日ということもあり、一体どれぐらいの人が来るんだろうなんてことを思っていたわけです。正直なところ、「面倒だなぁ」なんて思いつつも、適当な嘘をついて欠席する道理もないので、せっかくだから僕も参加してみることにしました。

 会場は、東京ドームシティー内にある東京ドームと吉本興業がタッグを組んだ劇場「IMM THEATER」(去年の11月にオープンしたばかり)。扉を開けると、平日なのにぎっしりの超満員。この研修は芸人を対象としているので、“キャパシティ約700席が芸人だらけ”という異様な空間を目の当たりにして、あらためて吉本興業ってめちゃくちゃ芸人が多いんだなと妙に感心してしまった。

 舞台上には、ニューヨークの屋敷、相席スタートのケイちゃん、NON STYLEの石田、そしてブラックマヨネーズの小杉さんがMCというポジション。専門家などの意見も交えて、包括的に昨今のコンプラ事情が説明されていく。法律が改正され、かつては許されていたかもしれないことが、今ではそれが通用しなくなって犯罪として扱われるなど、実際に話を聞いてみるとうなづくことが多かった。

 その中で、昔は「芸人=めちゃくちゃなことをする、破天荒なことをする」みたいな風潮があった、という話になった。

 その話を客席で聞いていた僕は、ふと考えた。

 今の時代は、そんな振る舞いはもう許されないし、望まれていない。真面目な芸人じゃないと許されない。ってことは、破天荒だったり破滅的だったりする芸人は時代にそぐわないということ。僕たちだって、もっとバラエティでバカみたいなことをやってみたいけれど。

 むちゃくちゃを望む芸人は、「昔がうらやましい」「今は厳しすぎる」と不満を漏らす。だけど、きっと何十年も昔から似たようなことは言われていたんじゃないのって。

 昔は無茶ができたと言うけれど、そんな時代の中でも真面目な芸人はたくさんいたはずだ。でも、時代が非日常的な瞬間を作り出すような芸人を求めていたところがあったから、スポットライトはどうしたって毒気があって無頼な芸人に当たる。真面目な芸人は、どこか物足りないと目に映り、面白味に欠けると判断され、仮に才能があったとしてもそのまま埋もれていった可能性だってあると思うんです。

 この時代、真面目な芸人たちは、「お前はもうちょっと毒や破天荒な感じを入れていった方がいいよ」なんておせっかいを焼かれたり、どうでもいいアドバイスを言われたりしたかもしれない。「そう言われてもそんなことは自分に合わないから」。拒んだり、悩んだりしたと思う。時代から求められていないことをし続ければ、日の目を浴びる瞬間は訪れない。

 今の時代は、安心感をもたらすような芸人が求められているから、どうしたってそういうタイプの芸人にスポットライトが当たりやすい。いつかまた、揺り戻しで破れかぶれが求められる時代になるんだろうけど、今は真面風の芸人のターン。だから、真面目に振る舞うことができないのであれば退場するしかない。連綿と繰り返されてきたように、その時代と添い寝ができない人は消えていくしかないんだよ。切ないなぁ。

 コンプラ研修会で、こんなにセンチメンタルな気持ちになるとは思わなかった。話を聞いていると、いろいろと思うところがある。きっとこの研修に足を運んだ芸人たちの多くも、自分たちなりに考えるところがあったと思う。

 そんな感情がよく分からなくなるような空間の中にあって、MCの小杉さんはドッカンドッカン笑いを量産していた。劇場でもテレビの観覧でもありえない芸人だらけの空間ですよ。ましてやキャパ700。そんな地獄みたいな空間で笑いを生み出していた小杉さんは、やっぱり化け物だなって純粋にゾクゾクした。そんなスペシャルな瞬間を目撃できただけでも、「風邪気味なので休みます」なんて適当なウソをつかずに、「IMM THEATER」まで来て大正解だったと思う。

 たまにはこうやって真面目に空気がシンとしている空間に身を置いて熟考してみることも大事だよね。鳥の鳴き声がさえずっているときにしか、思い付かないこともある。喧騒の中だけでは、気がつかないことってたくさんある。

【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集め、22年2月28日に『敗北からの芸人論』を発売。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
YouTube:https://www.youtube.com/channel/UC-9P1uMojDoe1QM49wmSGmw