THE RAMPAGE 浦川翔平「レペゼン長崎で盛り上げます」しょへの最新長崎案件追いかけた! 〈BUZZらないとイヤー! 第95回〉

「せーの!で、ありがとうございました」でお願いしまぁす!

 ステージサイドに移動して衣装とメイクをバッチリキメてぐっと大人っぽくなった部員たちと合流。先ほどのショーケースの「ありがとうございます!」を共有すると、みんなで円陣を作ります。そして翔平さんの「Are you ready?」に部員たちの「GO!」が続きました。

「私が習ってきたNew Jack Swing、THE RAMPAGEの楽曲、そして女子商業高校のみなさんのお力を借りて、掛け算にして膨大なパワーにしてお客さんにドーンと!」と、言葉を残して、翔平さんはステージへ。

 ステージ上の司会者が「お待たせしました」といえば「お待たせしました」、「どこかから声がしますね」「ここにおると!」と舞台袖からやり取り。歓声と拍手に迎えられてステージに飛び出していくと、「昨日(長崎に)来たんですけど、おいしか魚ば食べて、ヒラスば食べて、湯引きも食べてで、長崎のおいしか日本酒も飲んで、最高でした」と長崎弁でひとしきりトーク。そして、女子商業高校の部員たちを呼び込み、エネルギッシュなパフォーマンスで圧倒しました。

グルーヴッ!

 パフォーマンス後は「ちょっと踊っただけで息が上がった。バック宙は内村体操教室仕込みのバック宙ですからね。通ってたんで、諫早まで。内村周子さんに習ってました」。

 そして、ダンスを始めた理由が、まだ小さかった頃にRATHER UNIQUE(EXILE AKIRAさん、ÜSAさん、MAKIDAIさんが所属していたグループ)と出会ったこと、1人でラジカセを持って行って市内の浜町アーケードでストリートダンスをしていたこと、当時はストリートダンスをやっている人がいなくてギターの弾き語りをする人など年の離れた人たちとストリート仲間になっていったことなどをシェアしました。

 その流れで、現在のストリートダンス、ダンスをめぐる環境について聞かれると、「当時はそもそもダンス部がなかったし、ダンススクールに行ってもダンスは女の子たちがやるもんだみたいな感じでした。徐々にダンスをすることが表向きになって、ダンスが授業になって。パフォーマーとボーカルがセパレートされてたところも最近はどっちもできて当たり前みたいな時代になってきて……すごく進歩を感じます」 

しゃべりすぎて時間をちょっとオーバー。ロバート秋山さんの出番に影響がないか心配したり……

 参加者などの質問も受けて、長崎で行われているだけに、長崎色が濃い目になったイベント。最後には改めて「ながさきピース文化祭2025」のアンバサダーとしての意気込みも含めて挨拶しました。

「(開幕する)9月に向けて、私もしつこいぐらい長崎に足を運びたいですし、長崎のことを思いながら、東京にいる時もどこにいる時も発信し続けて盛り上げていきたいと思っております。レペゼン長崎でこれからも盛り上げていきます。浦川翔平君頑張ってるね!って、温かく見守っていただけたらと思います」と、ステージを後にしました。

イベント終了後の取材の場面。カメラに囲まれています!

 控室に戻ると高校生たちと記念撮影、そして地元のメディアの取材に対応です。顔見知りの取材陣もいると見えて、翔平さんもリラックスした雰囲気のなかで取材が進んでいきます。高校生とのパフォーマンスについて聞かれると、「朝から合わせていけるなと思っていて、それ以上のパフォーマンスができた」と満足そうな表情。そして「長崎のみならず、いろんなエリアに轟いていけばいいなという気持ち」と笑顔を見せました。

 地元の長崎でパフォーマンスをしたことについては、「ソロでダンスでパフォーマンスはやってこられなかった」としたうえで、「長崎でずっとダンスを習っていたり、道を行きかう人を相手にストリートダンスをしてたりもしてたので、その記憶だったりが蘇ってきました。北海道だったり、いろんなところから足を運んでくださったお客さんの前で女子商業高校の皆様とパフォーマンスできたのはエモさもありつつ感慨深いものがありました」と話していました。

取材陣から何かポーズはありませんか?のリクエスト……やっぱり拳でした

 また、「長崎は文化もそうですし、くんちだったり全国区に届くようなお祭りもたくさんありますし、スタジアムができたりスポーツの方も! 多方面で長崎盛り上がってるよっていうこの熱を長崎だけで留まらせず、全国に届けたいなと思ってます。SNSとかも色々メディアだったりを駆使しながら長崎を代表する拡声器になれたらと思います」と、アンバサダーのお仕事もしっかりされていました。

 とはいえ、まだお仕事はおわりません。ずっと会いたかったロバート秋山さんのステージ前には地元メディアの取材に対応。大きな役目を終えたからか、取材をしていた控室から耳を澄まさずとも聞こえる翔平さんの声はいつも以上に明るく大きかったように感じました。