Remember 3.11 Interview 石井光太 映画『遺体 明日への十日間』原作者

 東日本大震災直後の岩手県釜石市の遺体安置所を舞台とした映画『遺体 明日への十日間』が現在上映中だ。この映画はノンフィクション作家・石井光太の著作『遺体 震災、津波の果てに』を原作とするもので、さまざまな意味において多くの人たちに見てもらいたい作品だ。

 本も映画も描かれるのは遺体安置所で起こったことやそこで働く人々のこと。そもそもなぜ遺体安置所に取材の焦点を絞ったのだろうか。
「被災地に入ったのは3月14日だったんですが、遺族の方がまだ遺体を探しているような時期でした。車でホテルに戻る途中でラジオが流れたんですが、ニュースではそういう遺族の方のことは一切報じない。震災での一番の犠牲者というのは死んだ人間と遺族ですよね。そこが全くほうっておかれているイメージがすごく強かったんです。それで遺体安置所における状況を描きたいって思いました」

 通常のメディアではなかなか浮かばない発想だ。
「一番の犠牲者というのは誰かということを考えたら、当たり前のことだと思います。津波がなぜ恐ろしいかと言えば、人が亡くなるからです。誰がつらいかといえば犠牲者とご遺族です。この災害を理解するにはそこに目を向ける必要はありました。ただ、遺体安置所に行った時に見えてきたのは、人の優しさとか必死に働く人の姿だったんです。だから僕は遺体を描いているつもりもないし、遺体安置所を描いているつもりもない。そこにいる人間が必死に働いている姿だとか、必死に何かを守ろうとしている姿に焦点を合わせていました」

 映画化の話が来た時はどんな思いを?
「自分では常に、絶対に映像化できないものを作っているつもりなんです。だからお話をいただいたときに、まず驚きました。と同時に、いったいこれをどういうふうに映画にするんだろうと思いました。相当な覚悟を持っていないとできない。だから君塚監督には“現地に行って遺族と話してください”と言いました。その方々の重みを背負ってくださいということです。その覚悟がなければやってもらう必要もないし、そういう覚悟がない作品であったら今度は映画化を許した僕が遺族の方々に非難されてしまう。だから僕も映画を見るまではとても怖かった。同じようなことは主演の西田敏行さんもおっしゃってました。もし監督に覚悟がなかったら、ちゃんとしたものができない。だからスタッフも含めて全員があるところで覚悟を持たなければいけない映画だったんだと思います」

 映画を見て、率直な感想は?
「ありがとうという気持ちです。遺族の気持ちをしっかり背負ってやってくれたんだなって。例えば津波のシーンを入れなかったことなんかに象徴されていると思うんです。この作品では入れる必要はないですよね。でも作り手として劇化しようとすると、一番入れたくなるところだと思うんです。でも人間の尊厳とかそういったものを伝えたいと考えたときに、このシーンは必要ないっていうことで切ったんだと思うんです。実際、モデルになった人たちもありがとうって言ってくれたようですし、それが僕は一番うれしかったですね」

 劇中、西田が見せる一つひとつの表情や仕草、たたずまいに、見る側は圧倒される。
「西田さんはこの映画では“演じていなかった”とおっしゃってました。例えば西田さんが安置所に入るところで靴を脱ぐシーンがあるんですが、あれは原作どおりじゃないし脚本にも書かれていない。西田さんが“自分だったら遺体に対して靴を履いて歩くことはできない。靴を脱がせてくれ”って言って、ああなったんです。それを見た西田さんのモデルとなった千葉さんが、“僕も本当はああしたかったんだ。僕の気持ちをそのまま再現してくれてありがとう”って言ってました。一人の人間として、あの現場で靴を履いて上がれるかというと、多分上がれない。ただあの時は3月で寒くて靴を脱ぐのは無理だったんです。だけども彼としては靴を履いていることに自分を責めた気持ちを持っていた。そういったなかで、あるところで西田さんと千葉さんがシンクロした部分というのは人間としてあったのではないかなと思います」

 この作品にかかわった人々の覚悟をしっかりこの目に焼き付けたいと思わせるエピソードだ。
「単なる遺体安置所の物語ではなくて、人がどうやって必死になって犠牲者となった遺体や遺族の尊厳を支えようとしていたかっていうことを描いている物語だと思うんです。それがあるから被災地に暮らしている人たちが生きていくことができて、その街に残ろうと思える。陳腐な言葉かもしれないですけど、真っ暗な安置所という闇の中でその一筋の光っていうものがどれだけ美しかったかっていうところを見てくれればと思います」

 石井は1月に『津波の墓標』という作品を発表した。これは『遺体』では描けなかったもうひとつの震災の顔を描いたもの。合わせて読んでみたい一冊だ。
(本紙・本吉英人)