スーパー歌舞伎Ⅱ『空ヲ刻ム者−若き仏師の物語−』作・演出 前川知大 INTERVIEW
三代目市川猿之助が作り出した『スーパー歌舞伎』が四代目市川猿之助の手によって『スーパー歌舞伎㈼』としてよみがえる。果たしてどんな作品に仕上がっているのか。3月5日から新橋演舞場で始まるスーパー歌舞伎Ⅱ『空ヲ刻ム者−若き仏師の物語−』の作・演出を担当する前川知大に話を聞いた。
前川はイキウメという現代劇を上演する劇団の主宰で作・演出家。今回の上演の発端は2007年に遡る。
「佐々木蔵之介さんの演劇ユニット・チーム申で僕が作・演出をした『抜け穴の会議室』という作品があるんですが、当時亀治郎さんだった猿之助さんがご覧になって“面白かった。次にやるときは出演したい”と言ってくださったんです。それで2009年の『狭き門より入れ』に出ていただき、その時に“次は歌舞伎をやろう。みんな出てね”って冗談っぽく言われたんです。そのときから“浅野さんがおばあちゃん役をやれば絶対おもしろい”とか言っていたんですが、まあそこから始まっていた、ということになるんでしょうね」
2012年に読売演劇大賞でグランプリを受賞した前川だが、当時は知る人ぞ知るという存在。猿之助は相当作品に惚れ込んでいたということだろう。
「歌舞伎にしたら面白いんじゃないかという話はよくしていました」
歌舞伎俳優ならではの感性だ。
「演出的には僕らはいつもは真逆のことをしていると思うんです。だから多分、歌舞伎にしたら全然違う形のものができるんじゃないかと思われたんではないでしょうか。あと、内容的なことでいうと、 “歌舞伎は王道のエンターテインメントだけれども、その中にもしっかりと精神性があるものが欲しい”と言っていて、スーパー歌舞伎が作ってきた新作の流れは特にそれを大事にしているということで。猿翁さんが梅原猛さんに脚本を依頼したのもそういう理由からと聞きました。現代の感覚とか問題意識といったものを歌舞伎の手法で表現するということをやろうとしていたのがスーパー歌舞伎で、今の猿之助さんもその流れを大事にしているんですね」
それにしても演出までやることになるとは。
「最初は“無理です”って言ってたんですけど、猿之助さんが“大丈夫、大丈夫”って。終始そういう感じでした。歌舞伎って通常、演出家がいませんから、みなさん動きなんかは型でできてしまうんです。それに舞台ということでは一緒じゃないですか。だからイメージさえ伝われば猿之助さんがみなさんに僕の考えを翻訳して、形にしてくれる」
じゃあものすごく追い込まれているようなことは…。
「多少は(笑)。“ここ、これでいいのかな?”って判断ができない部分が結構あるので。そういう時は猿之助さんに“こういう違和感があるんですが、それは歌舞伎的にはありなんですか?”というふうに聞いたりしています。今回、僕はスーパー歌舞伎であるということが大事であると思っているので、最終的には猿之助さんが作りたいものを作るということが一番だと思っています。そこを踏まえながら僕が“ここはこうしたほうがいいと思うんだけど”っていうと“いや、それは歌舞伎ではありえない”ということもあるし、“なしということもないからやってみようか”といった感じになる。そこらへんのさじ加減は座長である猿之助さんが見ている感じです」
今回は佐々木蔵之介、浅野和之、福士誠治という3人の俳優も出演する。
「今回、歌舞伎俳優のみなさんの動きに関しては、今申し上げた通りなんですけども、現代劇チームをどうするかというのは僕に任されていて、スーパー歌舞伎の中で3人がどういう違和感をもって効果を出すかっていうのは僕の判断でやらせてもらっています。猿之助さんが見て面白ければOKという感じです」
現代劇チームの3人はどういった動きを?
「基本的には現代劇。浅野さんと福士君は役柄的に殺陣はそんなになくて、語り部的な物語の外にいるんですが、蔵之介さんは見栄を切ったり、正面を向いて朗々と喋らなければいけない部分もある。そこらへんはちゃんと歌舞伎のセオリー通りに動いてもらっています。猿之助さんが“スーパー歌舞伎は演説をするんです。そういうこだわりがあるから、そこはいくら相手が横にいても正面を向いて朗々と語ってください。これはスーパー歌舞伎のスタイルなので”って。でもやっぱり蔵之介さんには照れがあったみたいで“正面向いて言わなあかんのか…”って言ってましたね(笑)。そういう猿之助さんの言葉を僕が翻訳して蔵之介さんたちに伝える。蔵之介さんは型としての歌舞伎を求められるところもあります。“ほかの部分はもっと現代っぽい体でやってもいいですよ”とはいうんですが、そこの境目が本当に難しいんです。蔵之介さんは大変だと思います」
歌舞伎との接点というと…。よく見ていた?
「全然見ていなかったです。猿之助さんと知り合ってからですね。歌舞伎やろうよって言われて、一緒にやることになってからは『亀治郎の会』に行くようになって。それからは機会があったら見るようにしていました」
ではある程度は歌舞伎のイメージは頭に入っていた?
「いや、全然。甘かったですよ(笑)」
奥が深かった?
「台本のセリフの書き方が全然違うんです。これは歌舞伎というよりはスーパー歌舞伎の特徴なのかなって気がしますけどね。現代口語というか、僕らが現代劇を見ているときに、リアルに感じる喋り方、会話の組み立て方ってあるじゃないですか。平田オリザさんが言うところの、イメージの遠い所から話していくというやつですね。
5月には劇団公演『関数ドミノ』
夏には前川の作品を蜷川幸雄が演出
仏教の話をしたいんだったら、そこからはなれたところから会話を始めて、自然と仏教の話になっていって、そしてお客さんに仏教のイメージをすっと受け入れてもらう。現代劇ではシーン頭に“さて、仏教についてだが”って言ったらみんな構えてしまって話に入ってこないじゃないですか。そういうナチュラルな会話の作り方のセオリーが現代口語にはあって、僕はふだんはそれに沿って書いているから、本題に入るまでの助走が大事なんです。でもスーパー歌舞伎は仏教の話をしなければいけないときは最初の一言目から“昨今の仏教についてだが”でいいんです。だから僕が最初に書いた助走の部分は基本的にカット。で、それが分かってからも、そうやって書けるのかって言われてもそうそう書けるもんじゃないんですよ。それこそ2〜3行で終わっちゃうときもあるし、ドラマが生まれなかったり、キャラクターが見えなかったりということがあって。無駄話という助走の中で登場人物の紹介をしていくという演劇台本の書き方じゃなくて、歌舞伎は、キャラクターについては衣装とか髪形を見れば分かるようになっている。シーンも悲しい雰囲気を作るときは音楽をかける。僕らが会話劇で積み上げてきたものと、歌舞伎では全然違う、ビジュアルと音楽に変換されて情報として出すので、そこで必要な台詞というのは本当に無駄のない、言ってしまうと、身もふたもない、ベタなことばかりなんですよ。普通にお客さんとして見ていた時は、そういう作られ方や構造的なものは見ていなかった。なんとなく“歌舞伎はベタなもの”というふうに見ているだけだったから気が付かなかった。それに気づいてから、ああ難しいものなんだなって」
実際に、稽古に入ってみてどんな印象を?
「稽古は2月4日からだったんですが、1月から台本を作るためのプレ稽古が始まりました。猿之助さんが浅草新春歌舞伎に出ておられたので、終わった後にお弟子さんたちと台本の第1稿を声に出して読んで、歌舞伎にしていく作業をしていきました。最初は歌舞伎の台本ってどうなっているか分からないじゃないですか。ルール的なものとしては猿之助さんには“最後はとにかく飛んでくれ。飛ぶ流れにもっていってくれればいいから”としか言われなかったんです。あとは稽古で台本を作っていくということだった。それは先代の猿之助さんがスーパー歌舞伎でやっていた手法ということで、スーパー歌舞伎を作ってきた今回の座組のみなさんはみんな経験していることのようでした」
稽古場で吸収するものはとても多い。
「歌舞伎俳優の皆さんが面白すぎるんです。澤瀉屋というかスーパー歌舞伎の座組みって、ホントに“劇団”なので、すごいんですよ。僕が猿之助さんに“こういう感じで”って言う。すると猿之助さんが“それはあの演目の何場の何のシーンだね”とか“ああいう感じじゃない”って言う。そうするとみんなが“ああー、あれ”っていってバーっとやっちゃうんですよ。なにこれって感じ(笑)。なんでしょうね……。入っているんですよ、型が。台本がどうであろうが、どんなシーンであろうが、とにかく動けるんです。当然考えてやられているんでしょうけど、意識せず、すごく力が抜けた状態で動くし表現できる。声もそうです。台詞よりも体の使い方が現代劇の俳優と全く違う。現代劇のナチュラルな体の使い方、ある種の…僕らの言う舞台上にある、だらしない体のリアリティーみたいなものとは違うんだけれども、20年30年、その型の動きで動いているから、その体に入っているものは絶対に真似ができないんですよね」
そういったものが今後、イキウメにフィードバックされていく。
「今、イキウメとは別に“カタルシツ”というオルタナティブなものを劇団の中に作って活動しているんですが、歌舞伎をやったことがフィードバックとして出るのだったらカタルシツのほうなのかなと思っています。イキウメはどちらかというと、ホラー、オカルト、SFといったジャンル的にマニアックというかそっちのほうで濃いものをやっていきたいと思っています」
5月には劇団公演も控える。ここでは『関数ドミノ』という作品を上演する。同作は2005年に初演され、2009年に再演された作品で、イキウメの描くオカルトやSFの世界を感じるには打ってつけの作品。今回なぜこの作品を?
「再演にあたっては、台本のブラッシュアップの機会にしたいと思っているんです。作品のアーカイブ化計画みたいなものなんですが、『散歩する侵略者』という作品があって、これは3回上演していくなかで台本を直したりして決定稿といえる納得のいく形にできました。上演リクエストの多い『関数ドミノ』もここで1回まとめてみたいなって思ったんです。前回の関数ドミノに比べたら、俳優のレベルが絶対に上がっていると思いますし。そこはすごく感じます。同時に年齢も上がっているので今の俳優たちに合ったものに作り直します。もうちょい大人の関数ドミノにしようと思っているので、見たことのある人でも新鮮に楽しめるものになると思います」
続いて夏には、2011年に発表し、読売演劇大賞のグランプリを受賞した『太陽』が蜷川幸雄演出のもと『太陽2068』として上演される。綾野剛、成宮寛貴、前田敦子が出演。前田の初舞台作品とあって発表されるや大きな話題を集めている。
「蜷川さんの作品をよく見る人で演劇に興味を持っている人の中には“今度、イキウメっていうのも見てみようかな”って思ってくれている人もいると思うんで、そういう人にはその前にぜひ劇団(イキウメ)のほうも見てほしいですね」
蜷川にはどういった印象を?
「すごく優しい人。『冬眠する熊に添い寝してごらん』(作・古川日出男/演出・蜷川幸雄)の稽古場を見学させてもらったんですけど、蜷川さんは張るときは張ってますね。それはちょっと怖い感じ(笑)。稽古場の雰囲気はめちゃくちゃ良かったです。俳優が何でも言える感じの稽古場でした」
演出家としては蜷川をそばで見るというのは大きな勉強になる。
「蜷川さんは作家が稽古場に来るのはあまり好きではないらしいです。僕が他の方が書いた作品の稽古場に見学に行くのは全然問題ないみたいですが、僕が書いた作品の稽古場に僕が行くのはあまり好きではないらしいので…」
ちょっと残念。今回のスーパー歌舞伎同様、学ぶことも多そうなのに。
「そうなんですよ。自分の台本をどういうふうに俳優に伝えているのかというのは、すごく見たいんで、まあどこかでのぞかせてもらいます(笑)」
最後に歌舞伎についての前川の発見。これを聞くとちょっと歌舞伎の見方が変わるかもしれない。
「この前、猿之助さんとも話したんですが、今回のように全然歌舞伎じゃない本を歌舞伎にするというプロセスを見ていると、なんでも歌舞伎にできちゃうなって思うんですよ。今回は時代物ですから、ちょっと近い部分はあるけれども、思いっきり現代劇の脚本でも、それこそイキウメの本でも歌舞伎にしようと思ったらできちゃうんじゃないかと思います。現代劇の翻訳ものでもできるかもしれませんね」
前川という異質なものを取り入れ、新たな世界を切り開く『スーパー歌舞伎㈼』がどのような作品に仕上がっているのか、そして歌舞伎体験を経た前川が今後どのような作品を作っていくのか、どちらも気になるところだ。 (本紙・本吉英人)
【日時】3月5日(水)〜29日(土)【会場】新橋演舞場(新橋)【料金】1等A席1万5000円、1等B席1万1000円、2等A席7000円、2等B席5000円、3階A席5000円、3階B席3000円、桟敷席1万6000円【問い合わせ】新橋演舞場(TEL:03-3541-2600 [HP]http://www.shochiku.co.jp/play/enbujyo/http://www.shochiku.co.jp/play/enbujyo/)【作・演出】前川知大【出演】市川猿之助/市川門之助、市川笑也、市川笑三郎、市川寿猿、市川弘太郎、市川春猿、市川猿弥、市川右近/福士誠治、浅野和之/佐々木蔵之介