堺雅人の新しい船出
2016年もまた、堺雅人の年になりそうだ。年明け10日からスタートする大河ドラマ『真田丸』に主演。時代を超えて、ヒーローとしてリスペクトされる真田幸村こと真田信繁を1年間を通じて演じる。大坂の陣で信繁が築いたといわれる出城の真田丸にかけて、真田家を一艘の船にたとえた物語。堺は「大波に揺られながらの航海を見守ってほしい」と意気込む。
武将というよりも普通の人、ただの人だった信繁が
人生最後の1〜2年ですべての人の期待や夢を背負う。
信繁の人生って、おもしろいと思います。
堺雅人が大河ドラマに帰ってくる。それも主演で。この決定はあらゆるメディアを駆け回り、注目を集めた。
「スタジオに来て笑って。こんなんでいいのかなってぐらいです」と、堺。『新選組!』、そして『篤姫』と出演した大河ドラマでは、確かな演技で作品を支え、本作は初の主演。座長という大役に臨んでいるが、インタビューを受ける姿からはプレッシャーを感じているようには見えない。飄々としている。
「(出演の決定は)即答でした。主役であるということは深く考えなかったですし、今も考えていないのですが、一番は三谷(幸喜)作品を50本、1年間できるということ。これは役者にとってすごい魅力です。(三谷とは)『新選組!』でもご一緒させていただきましたが、あの時は(自分が演じる役が)途中で死んでしまったので33回しか出てないんです。だから、ああ今回は最後まで生きられるんだ、と。長く一緒にできるのがうれしいんです。それに1年一つの作品をやるってことは、生活も安定しますし(笑)」
『真田丸』で、演じるのは真田幸村こと真田信繁。堺は「信繁の人生っておもしろいんです」と前のめりだ。
「歴代の大河ドラマの主人公に比べると、領地もなかったし、武将というよりは、普通の人。ただの人みたいな感じなんです。49年の人生のうち、47年はわりと裏方、2番手3番手で、知将として、あまり槍をふるうこともなく生きていた人ですが、最後の1~2年で一気にすべての人たちの期待であるとか夢を背負うことになっちゃった。裏方にいようと思った人間が誰かに背中を押され、一番まばゆい場所に出てしまった。そして最後の最後になって、恐ろしいばかりの武者になる。普通の人間が、なぜか日の本一の兵(つわもの)と言われるようになるんです。信繁がどうしてそう描かれるようになったのかという秘密を、三谷さんが1年かけて描く。……普通のサラリーマンがスーツ脱いで、ムキムキになって敵と戦うみたいな話になるんじゃないかと思っています(笑)」
堺の言う“ムキムキ”のイメージは、現在、一般に親しまれている幸村像のひとつ。
「テレビゲームの影響なのか、ムキムキで、裸に鎧を着て槍をぶんぶん振り回すっていう幸村像があるみたいで。最初に僕が真田幸村(信繁)を演じるってなったときに、堺で大丈夫かっていう声が多々あったそうです(笑)。今回の信繁はそれより僕に近いと思います。ゲームファンの皆さんには申し訳ないんだけど、筋トレとかはなしでいこうと思ってます……」
信繁は時代を超えてヒーローとして人気が高い。誰もが知っているといっても過言ではない人物だ。その一方で、他の有名武将や大名に比べ、ミステリアスな部分も多いのもまた、彼の人気を押し上げる一因。
「兄である信幸の言葉なんですが、信繁について“物事柔和忍辱(にんにく)にて、強しからず。ことば少なにして怒り腹立つ事なかりし”というのがあるんです。忍辱というのは、感情を表にしないっていう仏教用語なんですが、優しくて怒ったところを出さない、ほんわかしていて、一見とらえどころがなくて、口数が少なくて、いつもにこにこしている。でも、心に秘めた何かがあるってことなんでしょうね。それが信繁なんだろうな、と。今は、演じるうえで、この“柔和忍辱”が自分のキーワードになっています。それに加えて、プラス好奇心が旺盛な感じ、ですね。青春期から描かれているので、若者な感じというか、近代の幕開けにふさわしいワクワクした感じ。それを考えながら撮影をしています」
信繁はどちらかというと実務の人、事務方の人と堺は言う。そこに自身との共通点はまったくない、とも。だからこそ、信繁にあこがれもある。
「僕は不器用で、劇団で裏方の仕事をさせられたときにも、ことごとくダメだったので、実務の人間というものに非常にあこがれがあります。三谷作品にはラジオドラマのスタッフ、ホテルの従業員であるとか、実務の人を描いた名作がたくさんあります。三谷さんが描く、誰かのお世話をする、日の当たらないところにいる人たちは、本当に生き生きとしている。その脚本家が描く戦国の実務者ですから、楽しみにしてほしいなと思いますね」
三谷の脚本に全幅の信頼を寄せながら撮影を重ねている。「47年間の実直な人生を描かないとその変化におもしろさがないと思う。今は裏方に徹するという時期なのかな」と、堺。日々、父親の昌幸を演じる草刈正雄、兄の信幸を演じる大泉洋、そして、草笛光子、高畑淳子、木村佳乃演じる真田家の女たち、妻きりを演じる長澤まさみらと、日の本一の兵と呼ばれる信繁が作られていく青春期を丁寧に描いている。
「三谷さんには、大河ドラマという重厚な空気を逆手にとって遊んでいる節が確信犯的にある感じがするんですが、草刈さんは、まじめな顔をしておもしろいセリフを言うので笑っていいんだか悪いんだかっていう空気感が絶妙です。前日言ったことを翌日取り消すような、混乱した時代を生きる混乱した人物を大真面目にやっていらっしゃる。草刈さんのようなお芝居はできないですけど、ちょっとでもあやかれたらなあと。大泉洋さんは、これまで見たことのない魅力が出てくる作品だと思っています。まっすぐで不器用で誠実一辺倒で攻めてくる大泉洋がすごく魅力的でいいんです。女性陣も、みんな素晴らしいんですよね。草笛さん、高畑さん、木村さんの3人の明るさが、裏切りとか血なまぐさくなりがちな物語に花や光を与えてくれます。長澤さんは計り知れないスケールの大きさを持っている女優さんの気がするんですよ。トリックスターのような役なんですが、魅力にあふれたすばらしい演技をしてくれています」
豪華なキャストとぶつかりあう毎日。「クレジット的には主役ですが、2番手、3番手のような気分で現場にいます」と、笑う。
「何かと何かをつなげる役回りが多いので、真田の部品になりたいなって思っているんです。僕がお芝居していてすごいなって思うことをお客さんに確認してもらう。現場では笑ったりとか、感動したり、関心したり。お客さんとして遊びに来て、お金もらってるみたいな感じで、幸せな毎日です。僕の目を通じて(真田の家や戦国という時代を)見ていただければと思います」
年明け10日に初回放送を控え、撮影にもより一層気合が入る。キャスト、そしてスタッフが一丸となって作る『真田丸』が大海に漕ぎ出そうとしている今、堺が思うのは、誠実に作品に向き合うこと。
「大河ドラマという伝統は大事だと思うんですが、こうやっとけば大河っぽくなるだろうというお芝居だとか、誰かの真似をしたりしないように、そのときそのときの特別ルールを毎年作っていけばいいのかなと思うんです。スタッフ、キャストみんなで話し合って、おもしろいと思うものを作る。それが見ていただく方に対して誠実、そう思いながら撮影しています。おもしろさに関しては、生き生きと演じることがキーワードだと思っています。(歴史がテーマになっているものは)歴史を先回りしてこういうことがあったと考えてしまうと教科書をなぞるような展開になりがちで、(演者も)勝者は勝者、敗者は敗者のような顔をして演技してしまいがちです。先の展開を分かったふりをせず、一瞬先は闇、その先は分からないところを“生き生きと”やっていきたい。そういうところでも、三谷さんは優れた脚本家であるので、おもしろくなっていると思います」
そんな意気込みを踏まえた上で、堺は「いいシーンも撮れていますし、おもしろいものになっている」と、胸を張る。
「すべての輝きは、信繁、幸村が主役になれる大坂の陣に集約されていくと思いますが、それまでは持ち場をしっかり守るというか、自分が何の役に立てるか考えて、トラブルをなるべく小さくして、プロジェクトを成功させるか……先にサラリーマンがスーツを脱いで戦う話と言いましたが、本当にそういう話だと思うんです。最後に華々しい機会はもらったけれど、という。だから、お子様から大人までいろんな方に見ていただけたらと思うんですが、働く方に見ていただきたいという気持ちも、心の中に少しありますね」
年明けから『真田丸』にクギづけになること必至だ。
(本紙・酒井紫野)
大河ドラマ『真田丸』は1月10日船出
初回から赤い甲冑姿の信繁も登場!?
戦国時代最後の名称であり、混迷のその時代を終わらせた徳川家康からも恐れられた真田幸村こと、真田源次郎信繁。年明けからスタートする『真田丸』は、伝説の武将そしてヒーローとしてリスペクトされ続ける彼の姿を描くもの。彼には、天才と崇められる父、秀才の兄を影になって支え、一地方大名に過ぎなかった真田の家がどうしたら乱世を生き延びられるかを考え、動き、自分に何ができるのかと悩みながら、成長していく、家族愛にあふれる男という一面もある。そんな男が、戦国時代の最後であり、自身の人生の最後に、大きな仕事をやってのける。彼がどう作り上げられていったのか。その生涯を、三谷幸喜がダイナミックに、そしてユーモアも交えながら描く。
堺いわく、初回から信繁の大坂の陣での出で立ち、緋縅(ひおどし)の鎧姿も見られるかもしれないとのこと。スタッフが力を入れて瞳を輝かせながら制作したという鎧や兜について、堺は「重いんです。よくあんなものを着てやっていたなと思います。本当に戦争はしちゃいけないという気持ちになりました」と、ユーモアも含んだコメント。また「(当時は戦いの)直前まで着ていなかったらしいので、その史実を大河ドラマに持ち込めないかと思っている」と話している。
出演キャストは、信繁(幸村)を堺雅人、兄・信幸(信之)を大泉洋、信繁の生涯のパートナー・きりを長澤まさみ、父・昌幸を草刈正雄、母・薫を高畑敦子、姉・松を木村佳乃、祖母・とりが草笛光子。そのほか、遠藤憲一、高嶋政伸、内野聖陽、近藤正臣らが出演。また、黒木華、藤井隆らが大河初出演となる。
2016年1月10日からスタート。NHK総合にて毎週日曜午後8時。BSプレミアムは、同日午後6時。NHK総合で毎週土曜午後1時5分から再放送がある。