江戸瓦版的落語案内 阿武松(おうのまつ)
落語の中には、粗忽、ぼんやり、知ったかぶりなどどうしようもないけど、魅力的な人物が多数登場。そんなバカバカしくも、粋でいなせな落語の世界へご案内。「ネタあらすじ編」では、有名な古典落語のあらすじを紹介。文中、現代では使わない言葉や単語がある場合は、用語の解説も。
能登の国凰至群七海村から、長吉という若者が江戸は京橋観世新道の武隈文右衛門という幕内関取の所に入門、小車というしこ名をもらった。酒も博打も女もやらない堅物なのはいいが、実は人並みはずれた大食漢。
ある時、部屋の米がやけに早くなくなることを不審に思ったおかみさんが、台所の米を見張ると、小車が朝ご飯にまず赤ん坊の頭ほどのおむすびを17?18個ぺろりとたいらげて、さらにどんぶり飯をかき込み始めた。38杯まで勘定していたが、こんな男がいたらかなわないと親方に「あんなやつがいた日には、部屋が食いつぶされてしまうから追い出しておくれ」と注進。親方は、一分の金を付けて破門にしてしまった。失意の小車、横綱への夢を絶たれ、身投げして死のうと思ったが、もらった一分で好きなだけ飯を食ってから死んでも遅くないと思い直す。そこで板橋の平尾宿の橘屋善兵衛の旅籠に投宿し、風呂も酒もいらないが、飯のお代わりだけは制限なしにもってきてほしいと頼んだ。2升入りのおひつを3度お代わりし、6升の米を食べても終わる気配がない。飯炊きが追い付かないほどの食欲に、宿屋もびっくり。あまりの食いっぷりに主人の善兵衛が興味をもって対応し事情を聞くと、明日死ぬつもりだという。同情した善兵衛、別の関取を紹介するという。
しかも、宿屋の傍ら農作をしているので、毎月5斗俵を2俵ずつの米をその関取の所に仕送りしてくれるという。翌朝、善兵衛は根津七軒町の錣山喜平治という関取の所に小車を連れて行った。小車を一目見た錣山、6代目横綱となる素質をその体に見て取り、唸るばかり。「武隈は考え違いをしている。相撲取りが飯を食わないでどうする。
ここでは、1日1俵ずつ食わせよう。善兵衛さんの好意はありがたいが、米の仕送りはお断りする。こちらで責任をもって、好きなだけ食べさせます」と言ってくれた。そして自分の前相撲時代の出世名・小緑というしこ名を与えた。2人の親切に感謝し、奮起した小緑は、100日と経たないうちに番付を60枚以上飛び越すスピード出世。文政5年、蔵前八幡の大相撲で入幕を果たし、小緑改め、小柳長吉と改名。初日から3連勝し、4日目はなんとおまんまの敵、元師匠の武隈との一戦。この取り組みに勝利し、それが長州公の目に止まり召し抱えとなり、阿武松緑之助の名をもらう。のちに第六代横綱になったという出世力士の一席。