【徳井健太の菩薩目線】第16回「クソマウンティングをしてくる奴は、誰かを応援できない阿呆」

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第16回目は、重機の運転資格教習を受けた際に感じた“社会の闇”について、独自の梵鐘を鳴らす――。



重機の教習所で感じた社会の闇
「クソマウンティングをしてくる奴は、誰かを応援できない阿呆」


 第14回のコラムで、重機にあこがれる理由を話したと思う。思い立ったが吉日ではないけど、実際に俺は車両系建設機械の運転資格を取るために、教習所に通うことにした。

 そのことを嫁に告げると、「アンタは人を助ける前に、自分の子どもが二人いるってことを忘れるな」って、強い口調で言われたんだ。ボランティアって、突き詰めていくと、最終的に家族を捨てる、家族から見放されることがあるからさ。背筋が伸びたよ。そんなことを思いながら、教習所のドアを叩いたんだ。

 受講料金は、コースによって異なる。俺は、5日間で38時間分の技能講習を受けることにした。料金は、テキスト代を入れて105000円(税込)。安い額じゃない。

 毎朝8時半から夕方の6時まで、5日間連続で通う。2日目に、30分遅刻した受講者がいて、無慈悲にもその場で「失格」になった。10万円が、一瞬にして水の泡になる。俺は、ギャンブルよりも恐ろしい10万円の溶け方を目撃した。

 自宅から車で通うとなると、毎朝5時に起床、帰宅は20時近い。夕飯を食べ終わって、入浴後に缶ビールをぐびっと一飲みもすれば、時計の針は22時をまわっている。「失格にはなりたくない」――翌朝に備えて、眠りにつく。目が覚めて、準備をしたら、昨日と同じ講習所へ車を走らせ、昨日顔を会わせた先生と受講者と、同じような話をする。

 俺は心底、普通に働くことが無理な人間だと悟った。同じことをすることに、痒みを感じたんだ。同時に、満員電車に揺られて通勤している方々を、リスペクトした。絶対に続けられない生活行動だ、俺には。でも、不思議だった。学生の頃は、それができたのに。何故、大人になるとそれができなくなってしまったんだろう。社会ってのは、ややこしいんだろうね。

 教習所は、まるで山田洋次監督の『学校』さながらだった。俺を含めて、7人ほどの受講者がいて、ほとんどが何かしらの現場経験者だった。現場監督風の男や重機運転経験者は、俺の知らない用語が続々と登場する座学においても楽勝感を漂わせていたから。

 そんな中、60歳ほどの歯科技工士のおじさんだけは、俺と一緒で未経験の状態で講習を受けに来た様子だった。話を聞くと、「今の職業だけではこの先が不安だから、手に職をつけておきたい」って言葉が返ってきた。俺は、「立派な仕事をしている人だ」と感心したけど、本人からすると不安がつきまとうらしい。
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