【徳井健太の菩薩目線】第49回 芸人機能不全に陥る――芸人とドラッグの相容れない関係性

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第49回目は、なぜ芸人はドラッグに手を出さないのか、独自の梵鐘を鳴らす――。
 今年も芸能界は、ドラッグ関連のニュースが多いのかな。年明け早々、物騒な話題かもしれない。だけど、芸人とドラッグについて述べてみたい。

 結論から言えば、俺は芸人がクスリに染まることはあり得ないって思うんだよね。ウケたときの快感がドラッグに勝る……なんてことをよく耳にするけど、俺はそれだけじゃないと思う。もしそうならウケない芸人は、ドラッグに手を染めてしまう。

 お笑いって、密室で成立することはほとんどない。必ず誰かしらを前にして、漫才やコント、トークをすることになる。ラジオだって、スタッフに囲まれながらフリートークを行う。想像してほしいんだけど、それなりに酒を飲んでベロベロに酔っ払った状況で、漫才やトークができますか?っていう話。絶対に無理だよね。密室じゃなくて人前ありきという条件だからこそ、自身をコントロールできるような状態を保っていないといけない。

 ミュージシャンにもライブがあるじゃないか――たしかに。ただ、発表した曲が人気になって、その後、ライブで盛り上がる。密室からの公の場。だけど、芸人のネタは人前でおろして、即、ウケるかウケないかをジャッジされる。ドラッグをきめてぶっ飛んでいたら、成立するわけがない。おそらく、一生売れないよ。

 平場のフリートークでも同じ。相手から言葉を拾って、それに対してレスポンスをして、打ち返していくラリーを続けるわけだから、酩酊状態になればなるほどパフォーマンスが低下する。芸人って、冷静な判断がないと笑いを生み出せないから、対極にあるドラッグなんか、恐ろしくて手が出せない。少しくらい酒を飲んでドーピング感覚でトークするくらいが限界。

 俺自身は、芸人たちと酒を飲んでいるだけで結構なプレッシャーを感じるくらいだ。酔っ払っていくってことは、自分だけ笑いのレベルが下がっていくんじゃないのかっていう恐怖感が伴う。だから、なるべく正常な気持ちを保ったままにしておきたい。酒を何十杯も飲んだ状態に相当する気持ち良さみたいなものを、ドラッグは数分で自分の体内に取り入れていくのだとしたら、芸人として機能不全に陥るだけ。40歳に差し掛かろうとしている成人男性が、自ら 糖尿病になる薬を飲むくらい馬鹿げている。

 百歩譲って、一発ギャグに命を懸けてるギャガーだったら、それぐらいぶっ飛んだ状況でやった方が面白くなるのかもしれない。でも、一方通行ではなく、双方向の掛け合いを必要とする芸人は、ドラッグに手を出す=笑いを生み出せなくなるってことだと思うんだよね。改めて書いてみると、ドラッグでぶっ飛んでいるわけじゃないのに、どんな状況でも一発ギャグを全力で繰り出せるギャガーは、敬意を表してイカれていると思う。

売れているからこそドラッグに魅せられることがない



 お笑いのネタを考えているときに、仮に手を出してぶっ飛んだ状態で書き上げたとして……後日、まともなときにそのネタを見直したとき、本人も理解できないような気がする。その瞬間、「もうやめよう」って気が付けるはずだ。人を笑わせたくてネタを書いているのに、自分でも何を書いているのか分からなくなったら、こんなに空しいことはないよ。

 でも、芸術家とかアーティストってのは、やっぱりそういう状況から生まれてくるものもあるんだろうね。ぶっ飛んでいるからこそのメロディや表現もあると思う。だから、まともになった後、その曲や絵を見直したとき、むしろ「俺、すごくない!?」ってなることもあるんじゃないのかな。そうなったら、もう止められないよね。

 これは俺の勝手な推測だけど、各業界ごとにさまざまな噂が流れているから――例えば、海外のアート業界だとしたら、あの美術作品ってキメた状態で制作されたらしい、なんてことが流布されているんじゃないだろうか。ドラッグに限った話じゃなく、業界の噂話なんて、そこら中に落っこちているもんだからね。「あの作品って、そういう状況で作られたんですか!?」。同業者が興味を覚えてしまい、「ドラッグに頼ったら、もしかして自分もものすごいものが生み出せるんじゃないのか……」なんて考えても、不自然ではないよね。

 ところが、お笑いってこういう状況下で作られたネタなんてないだろうから(あったら申し訳ない。いや、申し訳ないことはないんだけどさ)、ドラッグの魔力に対する憧れが一切ない。お笑いって、ホント、健全な世界だと思うよ。

 たしかに、笑いの欲とは異なる性欲に魅せられてしまう人間もいる。キメたまま営みをいたすことは、とんでもない快感をもたらすとよく耳にする。でも、俺が見てきた限り、活躍する芸人さんって、やっぱりどんな欲求よりもウケたいという欲求が一番強い人たちが集まっているんだよね。そういう人たちだからこそ、裏を返せば売れたわけだし、活躍し続けることができる。つまり、売れている芸人さんは、ドラックに魅せられるってことがない。芸人って、百薬の長なのかもしれないね。


※【徳井健太の菩薩目線】は、毎月10日、20日、30日更新です
◆プロフィル……とくい・けんた 1980年北海道生まれ。2000年、東京NSC5期生同期・吉村崇と平成ノブシコブシを結成。感情の起伏が少なく、理解不能な言動が多いことから“サイコ”の異名を持つが、既婚者で2児の父でもある。よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属。公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen