徳井健太の菩薩目線 第96回 本気と狂気は表裏一体。『バス旅』の太川さんは、アスリートだった。

 

“サイコ”の異名を持つ平成ノブシコブシ・徳井健太が、世の中のあらゆる事象を生温かい目で見通す連載企画「徳井健太の菩薩目線」。第96回目は、出演した『ローカル路線バス対決旅 路線バスで鬼ごっこ!』について独自の梵鐘を鳴らす――。

 

 1月20日に放送された『ローカル路線バス対決旅 路線バスで鬼ごっこ! 群馬・高崎~伊香保温泉に出演した。

 番組を見た当コラム担当編集A氏から、「書ける範囲で構わないので、バス旅に出演した感想を教えてほしい」というオーダーを受けた。A氏は、無類のバス旅ファンらしく、2007年に放送された第一回「横浜~富山」以来、ほぼ全シリーズ見ていると豪語するバス旅原理主義者らしい。

 それにしても、なぜ俺にお鉢が回ってきたのか? 2日間拘束だから、ある程度スケジュールに余裕があったり、勝負に対してガッツがあったり、場を和らげられたりする人が求められるだろうし、単にギャンブル好きで怠け者という性質がたまたま蛭子(能収)さんとリンクしただけかもしれない。番組サイドのみぞ知るところだが、実際問題として俺自身も「蛭子さん2世」的な役回りで旅に参加しようとした。

 ところが、テレビの法則をぶっ壊していくようなロケの連続で、それどころではなかった。俺は、恍惚と不安を覚えた。『(株)世界衝撃映像社』という番組で、なかなか壮絶なロケを経験してきた自負もあった。でも、『バス旅』はまったく異なる激しさ。“辣”の辛さと“麻”の辛さが違うように、『バス旅』のそれは文字通り痺れるようなロケだった。

 太川さんは、カメラマンを追い抜いて先を急ぐ。番組中でも触れたけど、若手の頃に、「カメラマンを追い越すな」とさんざん教わった。共演者に距離的なひらきが生じれば、どちらを撮っていいかわからなくなるため非効率的になる。だけど、太川さんには、そんなこと関係ない。

 スタッフが用意している展開を先読みすることは、台本を覆す形になりかねないため、極力流れに沿ってロケをしていく……はずが、太川さんは次の展開を先読みして、あらゆる方面のバスの時刻表をメモしておく。ロケなのに、千里眼の能力を発揮してしまう。

 当初、ダメキャラで蛭子さん的に振る舞うことを考えていたものの、バラエティの常識が通用しない、見たことのない世界線を歩いている太川さんと、勝手がわからず戸惑っているだろう筧美和子さんの間を往来し続けた結果、気が付くと俺はバランサーになっていた。

 過去イチ、過酷なロケだったかもしれない。『(株)世界衝撃映像社』はコンビでロケをしていたから、負担を折半できるところがある。例えば、吉村が筧さんをケアし、俺が蛭子さんのように適当なことを言って太川さんを困らせるといったことができる。が、バス旅ではコンビ特有の分身の術が使えない。12時間カメラを回し続け、そのテンションが2日間続く。下手な海外ロケよりも、頭も体も回し続ける。

 そして、時折、太川さんの狂気がほとばしる。狂気研究家でもある俺は、太川さんの狂気に酔いしれた。どんな部族よりもアイデンティティーが太かった。太川さんは、昭和50年代を代表するスターだ。そのため、カメラが勝手に追って自分を映すという覇道を歩む人なのではないか。対して、俺をはじめとした数多のタレントは、カメラを振り向かせるために手練手管を弄し邪道を歩む。その対比が、画面では面白おかしく伝わるのかもしれない。そして、蛭子さんの奇想天外な言動だけが、唯一、太川さんを覇道から脱線させることができたんだろうなとも思う。

「勝負に勝ちたい!」という欲本来に則るなら、ご褒美やら賛美やら、そういったものがないと人は頑張れない。がんばれる動機があるからこそリアリティが増す――と考えるのが一般論だが、太川さんにはそんなものは関係ない。負けたくない、勝ちたい、その一点で勝負をしている姿は、もはやアスリートと言っても過言ではないと思う。太川さんはタレントの域を超えて、もうアスリートの領域にいるんだなと思った。

 終盤、太川さんはカラオケボックスで鬼の形相になる。でも、『バス旅』がバラエティではなく、スポーツだと考えると、勝利のために相手チームに対して、憤怒の相を浮かべたのも納得だ。バラエティでは、なかったんだ。もっと言えば、テレビですらないのかもしれない。

 実は、あのカラオケのくだりでは、相手チームが到着する前に、「何を歌うか?」という話し合いをした。番組的にも『Lui-Lui」』を歌った方が盛り上がると思い、「太川さん、お願いしますよ」とアプローチしてみたものの、「無理無理!」とガチめに断られたので、俺がTHE YELLOW MONKEYの『プライマル』を熱唱するという、誰も聴きたくないだろう一幕があった。もちろん、全カット。からの相手チームの突撃、そして鬼の形相。あんなに濃いカラオケは、もうないと思う。

 番組は、信じられないような結末を迎える。結局、人間が本気になったら想像ってものは超えてしまうんだろうな、と思った。本気と狂気は表裏一体なんだ。

「徳井健太の菩薩目線」は、毎月10・20・30日に更新します

【プロフィール】
1980年北海道出身。2000年、東京NSC5期生同期の吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」結成。「ピカルの定理」などバラエティ番組を中心に活躍。最近では、バラエティ番組や芸人を愛情たっぷりに「分析」することでも注目を集めている。デイリー新潮でも「逆転満塁バラエティ」を連載中。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル「徳井の考察」も開設している。吉本興業所属。
公式ツイッター:https://twitter.com/nagomigozen 
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